不審顔

妄想小説


走る女 第一部



 四

 「あ、あのう・・・。」
 「えっ、私? 何かしら・・・。あ、貴方は・・・。」
 「あ、僕の事、憶えてました? 」
 「昨日、私のハンドタオルを拾ってくれた人よね。」
 「ええ、そうです。憶えててくれたんですね。今日もこれから走るんですか?」
 「そうだけど。それが何か?」
 「いや、そうだったら一緒にどうかと思って・・・。つまりその・・・、一緒に走りませんか?」
 「嫌よ、一緒だなんて・・・。」
 「何故ですか? 昨日だって、折角タオル拾ってあげたのに、貴女・・・。あの後、あのタオル、捨てましたよね。」
 「そうよ。気持ち悪いもの。貴方、匂い嗅いでたでしょ。あの時・・・。」
 「やっぱり見てたんですね。」
 「それだけじゃないわ。貴方。その後、あのハンドタオル使ってオナニーしたでしょ。」
 「そんな事まで知ってるんですか。」
 「私を甘くみないで欲しいわ。アンタなんかのオナペットにされて黙ってると思うの?」
 「じゃ、どうするっていうんです?」
 「訴えてやるわ、この変態っ。」
 「そうか。そんならこのまま返す訳にはゆかないな。」
 「返す訳にはゆかないですって? 貴方こそ、何をしようって言うの?」
 「アンタを監禁するんだよ。捕まえて俺の慰みものにしてやるっ。」
 「何ですって。冗談じゃないわ。私、帰るから。」
 「おっと、そうはいくか。逃がすもんか。」
 「やめなさいよ。放してっ、この手。触らないで。」
 「おとなしくしなよ、痛い目に遭いたくなかったらな。さ、こっちへ来い。」
 「やめてっ。放してっ。」
 「この変態っ。えいっ。」
 女が気合いもろとも好男の股間を蹴り上げる。女と思って油断していた好男は、不意を突かれて女の蹴りをまともに股間に喰らってしまった。
 「あううっ・・・。」
 好男は両手を股間に当てて蹲ってしまう。逃げ去ろうとする女の足首を掴もうと手を伸ばす好男なのだが、するりとその手を擦り抜けてしまう。
 「くそうっ・・・。」
 それでも何とか女の足首を掴もうと手を伸ばして握りしめた好男の手の中に何か手応えを感じる。それを引き寄せた好男が目を擦りながら確かめたのは好男が寝ているベッドのシーツなのだった。
 (うっ、夢? ・・・。なんだ、夢だったのか。)
 しかし、その朝方に見た夢が好男に残したものは毎日グランドの周りを走りに来る女に対する憎しみの感情だけなのだった。

 その日もランニングに出ようと準備を整えた莉緒が、家を出る前に用を足しておこうと玄関手前のトイレに入ろうとしてドアノブの下のラッチの部分に赤いマークが出ているのに気づく。
 (そうだ。今日はトオルが遅番明けの日だった。)
 週に三度ほど勤めなければならない遅番の日は帰ってくるのが自分が寝てしまった後で、翌日は午前中はずっと寝ているのだが、莉緒が出かけようとするタイミングに限って個室に籠ってしまうことが多かった。生理的なものだから仕方ないと諦めざるを得ない。夫が出てくるのを待っているとランニングに出るタイミングを逸してしまうので、そのまま出ることにする。トイレはグランドにもあるにはあるのだった。
 「トオルさ~ん。いつものランニング。行ってくるわね。」
 「う~ん。」
 個室の中からは寝惚け眼の返事のようないきんだ呻き声のような返事があったが、自分が出るのには気が付いた様子だった。

 莉緒はすぐ近くの市営総合グランドまではウォーミングアップを兼ねた軽いジョギングで向い、ランニングコースにしているグランドの外側を巡る周回路の脇でストレッチをしてから走り始めるのをルーティーンにしていた。しかし、その朝は走る前にまず用を足しておくことにしてグランドの観客スタンドの下に設けられている女子トイレをまず目指したのだった。

莉緒

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