妄想小説
走る女 第一部
十九
その日はグランドまで歩いてきたので身体がまだ温まっていないので、走る前に入念にストレッチを準備体操としてやっておく。グランド周りにはまだそれほど人が出ていなかった。
人が少なくて閑散としている方が誰かに変なところを目撃されずに済む安心感があるが、自分の他に誰も居ないところであの男と対峙しなければならないのは、それはそれで怖ろしい気もするのだった。
二周を走り終えた後、管理人室へ向かうのに息を整える為にペースを徐々に落し最後は歩いて管理人室の入り口扉を潜る。男は自分の机の前の椅子に座って脚を机の上に載せてふんぞり返っていた。
「あ、あの・・・。私のスマホは?」
「ああ、そこに置いてある。」
男が顎で指し示した方にあるテーブルの上に莉緒のスマホとウェストポーチが置いてあるのがすぐに分かった。急いでそれを取り返す。何をされたか心配だったので、すぐに電源を入れて立上げようとすると、電源は切れてなくすぐに待受け画面が立上る。それを見て莉緒は愕然とする。
「え、これっ・・・?」
いつものお気に入りの花束の待受け画像の筈が、そこに映っていたのは自分の姿だった。しかもそれはつい先日、グランドの中央に立たされてランニングパンツを膝まで下ろしている時の姿を撮られたものだったのだ。
「こ、こんなもの・・・。困ります。」
慌てて画像を消そうと待受け設定画面に移ろうとすると、パスワードを求める画面になる。急いでいつものパスワードを打ち込むが、画面からは「パスワードが違います」という警告表示が出るのだった。慌てて打込んだせいで間違えたのだと思った莉緒がパスワードを打ち直すが何度やっても同じ警告画面しか出ない。
「ま、まさか・・・。」
「ああ、パスワードだったら俺が変えておいてやったよ。勝手に設定を戻せないようにな。」
「そ、そんな・・・。」
莉緒が茫然としていると、突然手にしていたスマホが震えて聞き覚えのないメロディが流れる。
「それが俺からの電話の着信音だ。よく憶えておけよ。これが鳴ったらすぐに出るんだぜ。」
莉緒がおそるおそる受信用のボタンを押すと男の声が聞こえてきた。
「メールを送ってあるから、チェックしてみろ。」
そこで電話は切れた。男の方をみると、まさに男が自分のスマホを切っているところだった。
(メールって?)
急いで電子メールの画面を開いてみる。未読のメールが一通だけ入っていて、差出人名は「私のご主人様」と書かれている。
(どういう事?)
未読メールを開いてみると、メッセージは無く添付がひとつだけ付いている。アイコンの形から動画であることが判る。そのアイコンは二度タップしてみて莉緒は凍りつく。
女が下半身に着けていたものを膝までおろして便器らしきものに近づくと股間から迸り出る放尿中の姿で、それはまさしく前日、自分がさせられた行為を録ったものなのだった。
「やめてっ。こんなもの、送りつけるなんて・・・。」
莉緒は慌ててその添付画像を消去しようとするが、またもパスワードを要求する画面になる。
「ねえ、設定用のパスワードを何に変えたの。教えて、お願いっ。」
「それは駄目だな。お前にはもう自分のスマホの設定を変える権限はないんだ。変えられるのはお前のご主人様だけなのさ。」
「そんな・・・。困るわ。こんな待受け画面。もし誰かに見られたら・・・。」
「見せなけりゃいいだけだろ。ご主人様との間だけの秘密だからな。」
「ううっ・・・。」
確かに自分のスマホを他人に見せることは殆どないかもしれない。しかし家に置いておけば、何時夫が目にするか判らないのだ。
「さあて、今日の仕事はあと一つだけだ。ご主人様にご奉仕したら帰してやる。」
「ご奉仕って・・・。」
「生娘じゃあるまいし。ご主人様にすることぐらいはわかるだろ。」
「ま、まさか・・・。」
「ここんところ、だいぶ溜まってるんでな。一発抜いとかなくちゃな。」
「私に何をさせようって言うの?」
「それを俺に言わせるのか。よおく考えてみるんだな。前にも言ったろ。俺は従順な女が好きなんだって教えたろ。相手の事を忖度して、自分から相手がこうしたいだろうってことを汲み取って、それを自分からさせてくださいって頼むんだってな。」
「え? そ、それは・・・。」
莉緒はだんだん男が何をさせようとしているのか見当がついてくる。
「で、でも・・・。こんな所で? 何時、誰が来るか判らないのに・・・。」
「大丈夫さ。入口の扉の所に『現在、清掃作業中』って札があるから、それを外側に掛けて内側から扉を施錠しておけばいいのさ。さ、行って来い。」
男に命じられて、莉緒はすごすごと管理人室の入り口へ向かう。男の言うとおり、扉の手前に清掃作業中を示す札が掛かっている。それを外して入り口の外側のフックに掛けると、扉の内側のロックを廻して施錠する。
(これで誰も入って来れない。その代り、男にしたい放題のことをされるのだ・・・。)
そう思うと絶望が莉緒を襲う。しかし他に道はないのだった。
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