トイレ清掃婦

妄想小説


走る女 第一部



 三十一

 一人全裸で個室に残されてから何人もが出入りしていた。その殆どは放尿している音をさせただけで出て行ってしまう。その度に莉緒は息を殺して潜んでいなければならないのだった。最後に漸く聞き覚えのある声がした。男が持ってきたのは自分のランニングウェアではなく一組の衣装だった。それは掃除婦を装う作業服とバケツ、モップのセットなのだった。
 それを身に纏って掃除婦の振りをして出ようとした矢先、また誰かが入ってきてしまった。先程からどんどん男の出入りが多くなってきているようだった。早くしないと出るタイミングを失ってしまうと気が気でなかった莉緒だったが、一向に人の出入りは途切れそうもなかった。
 遂に莉緒は意を決して知らぬ顔をして掃除婦の振りをしながら出て行くことにした。
 「失礼します。」
 莉緒は掃除用のバケツとモップを手にして個室の扉を開ける。
 「あ、済みません。掃除中だったんですね。」
 「あ、いえ。もう終わりましたから。」
 莉緒はそう言ってそそくさと男子トイレの外に出る事に成功したのだった。

 「ほう、なかなか似合っているじゃないか。その格好。誰が観たって掃除のオバサンだな。」
 口惜しかったが、自分のランニングウェアでは外に出れなかったかもしれないと思うと男の機転に感謝するしかないのだった。
 「あ、ありがとうございました。」
 「またいつか、その格好で仕事をして貰うことになるだろうからな。」
 「え、この格好で?」
 何を考えているのか皆目見当がつかない莉緒は、男から自分のウェアを返して貰うと管理人室に付属したトイレに着替えに向かうのだった。

 (あ、いけない。始まっちゃったわ。)
 管理人の男は蛭田好男というのだと聞いて初めて知った莉緒は、その蛭田に命じられたランニングのルーティーンを一日も休むことが出来ないので、いつものウェアに着替えようとして、ショーツが赤く汚れているのに気づいて慌てる。
 すぐさまトイレに駆け込んだ莉緒はショーツを生理の日用のものに替え、真新しいナプキンを当てる。ランニング中はずれてきてしまうこともあるので、陸上部時代はタンポンを使うこともあったが、走っている時の違和感が大きいのでもうずっと使ってなかった。
 (そんなに激しく走らなければ、多分大丈夫な筈。)
 そう自分に言い聞かせ、出てきた莉緒だった。

莉緒

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