妄想小説
美教師を奈落に貶める罠
七
「警察に連絡する前に、まず品物の方を確認させて貰いますね。」
そう言うと、薫を繋いだ場所のすぐ傍に置いてあったバッグを男はさっと奪い取る。薫は咄嗟に鞄を奪われまいと手元に引き寄せようとしたが、片手を繋がれている為に男に易々とバッグを奪われてしまう。
「はあ、これですか。コンドームですね。」
「いえ、あの・・・。そ、それは・・・。」
「これっ、レジ。通されてないですよね。レシート、お持ちですか?」
「い、いえっ・・・。そ、それは・・・。」
「よくあるんですよ。奥さん・・・。あ、いや、まだ結婚されてないですよね。お若そうだから。コンドームを万引きするっていうぐらいだから、まだ結婚はされていませんよね。そんな恥ずかしがるような事ではないのに・・・。」
男は勝手に薫のことを想像で話していくのを、いちいち違うと口を挟むことが出来ないでいた。
「身分証明書か何かお持ちですか?」
「あ、そんな・・・。勝手に中は漁らないでっ。」
しかし男は薫が制止する前に薫のバッグの中から財布を探り当て、その中にあった教職員証を見つけてしまっていた。
「あっ。ははあ・・・。学校の先生ですかぁ。よくあるんですよね。学校の先生って・・・。よっぽどストレス、溜まるんですね。学校の先生。捕まえてみたら、学校の先生だったってほんと、よくあるんです。」
「ち、違うんです。これには事情があるんです。せ、説明を聞いて頂ければきっと理解して頂ける筈なんです。」
「ああ、説明だったら警察が来てから存分に伺いますよ。」
「け、警察は困ります。それだけはどうか穏便に出来ないでしょうか。」
薫は警察を呼ばれると聞いて、更に動揺する。
「じゃ、警察を呼ぶ前に監視カメラの映像だけは事前に確認しておきましょうか。このモニタ画面です。繋がれていてもこちらは見えますよね。今、再生します。えーっと、Aの3番だったよな。時間は2時から2時15分と・・・。」
男は慣れているらしく、ささっとモニタ手前のキーボードを操作すると、モニタ画面が次々に切り替わっていく。画面を見ながら映像を巻き戻しているらしい映像が早送りで逆再生されていって2時近くで一旦停まると画面の中央に薫自身の画像が映っているのがはっきりと見える。映像の様子から天井に設置された監視カメラからの映像ではなく、薫の目線とほぼ変わらない高さにあるカメラからの映像のようだった。
その映像が再生され始めると、辺りを気にしながらタイミングを見計らって商品に手を伸ばし、その品物をさっと自分の鞄に隠し入れる自分の姿がはっきりと映っているのが薫にも確認出来たのだった。
「ああ、どうしてこんな映像が・・・。」
「ははあ。監視カメラは天井のだけだと思ったんですね。違うんですよ。最近の万引き犯は巧妙で監視カメラの死角を狙って犯罪を犯すんで、こうして商品棚の内部にも監視カメラを仕掛けてあるんですよ。」
薫は最早自分の行動は言い逃れ出来ないのだと知る。残るのはそうせざるを得なかった状況の説明しかないのだと悟る。
「あの、何とか警察への連絡だけは勘弁して貰えないでしょうか? 私だけじゃなくて他にも大勢の人に迷惑が掛かってしまうんです。それにこれには特別の事情があって。明日、証人を連れて説明に来ますから。」
「警察へ連絡しない? ふうむ。じゃ、警察を呼ぶ前にその事情というのを聴くとして、その前に万引きをしたという罪状認否だけはして貰わないと今日は返す訳にはゆかないよ。」
「う・・・。仕方ありませんわ。あんなビデオまであるんですから、万引き行為については認めます。」
「じゃ、この書類に署名、捺印してっ。あ、印鑑は持ってないだろうから拇印で結構です。」
男は抽斗から予め用意してあるらしい証文のような紙きれを出して薫の前に差し出す。
<私、〇〇〇〇は当店に於いて万引きの罪を犯したことを確かに認めます。警察へ通報する代わりに店側から示されるどんな要求にも応じることをここに誓います。・・・・>
文面をチラっとだけ読んだ薫は(店側から示されるどんな要求にも)という文言が引っ掛かったが、とにかく警察には連絡しないことの確約を取りたいのと、早く解放されたい一心から従うことにしたのだった。
「手錠したままでも、右手は届くよね。空欄のところに名前を書いて、そのすぐ後にこの朱肉に親指を撞いて拇印を押してっ。この身分証はコピーを録らせて貰うからね。」
「うっ。わ、わかりました。」
薫は自分の名前を署名して拇印を押すことで漸く手錠を外して貰えたのだった。
「じゃ明日、その証人とやらを連れて必ずここへ出頭してくださいね。そうしないと警察に本当に通報することになりますよ?」
「か、必ず参ります。信じてください。」
薫は顔を項垂れさせて店を後にしたのだった。
(こうなったら何がなんでも美鈴に自分が脅されていて、万引きをするよう迫られたので先生が代わって万引きをしなくちゃならなくなったのだと証言して貰う他はないわ。)
そう悲痛な思いで、嫌がる美鈴を何とか宥めすかしてスーパーのバックヤードにある事務室まで連れていった薫だった。
「いいこと? 言わなくてもいい部分は言わずに済むようにするから。説明も私がするから、貴女はただ頷いてくれるだけでいいわ。ね、それでいいでしょ?」
美鈴は仕方ないとばかりに軽く頭を下げるばかりだった。
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