妄想小説
美教師を奈落に貶める罠
三
川野美鈴に真相を確かめなくては埒が明かないと判断した薫は、翌日早速川野のクラスに赴いて声を掛けることにした。
「ねえ、待って。貴女、川野美鈴さんよね。ちょっと確認したいことがあるのだけれど・・・。」
「え、何でしょうか?」
「ここではちょっと不味いので、二人きりになれる場所で話したいの。」
薫は誰も来ない筈の四階鉄校舎の屋上に美鈴を連れていく。
「ね、正直に答えて欲しいの。昨日の朝登校する電車の中で貴女、うちのクラスの氷室恭平に痴漢行為を受けなかった?」
「え? 先生は、恭平のクラスの担任なのですか?」
「そうよ。私、井上薫といいます。私、あの朝同じ電車に乗っていて貴女と氷室君の事、見てたのよ。」
「え? それじゃ・・・。」
「電車の中で、氷室君は貴女のスカートの中に手を入れていたわ。私、見たのよ。貴女はとっても困ったような顔をしていたわ。でも、氷室君は痴漢じゃないって言うの。それは貴女、川野さんに頼まれたからだって。本当なの、それ?」
「あ、えっ・・・。」
「そんな事、ある筈ないわよね。痴漢してくれって女の子の方が頼むだなんて。」
「・・・。あ、あの・・・。ほ、ほんとです。私が頼みました。」
「え、何ですって? 今、何て言ったの?」
「ですから・・・。あ、あの・・・。わ、私が、恭平君に・・・。痴漢してくれって頼みました。」
「えっ・・・。ま、まさか・・・。ど、どうして、そんな事を・・・。」
「ああっ、わ、私・・・。もう、生きていけないわっ。」
突然、川野美鈴は屋上の端の欄干に向かって走り出す。その後を追った薫は、美鈴が欄干を乗り越えて下に飛び降りようとするのを寸でのところでしがみついて止めたのだった。
「ど、どうしたの。美鈴さん、落ち着いてっ。いったい何があったって言うの? 先生に全部、話してっ。」
興奮している様子の美鈴を宥めるように肩をしっかり抱いて、美鈴が落ち着くまでじっと待つ薫だった。
「どうして氷室君に痴漢をしてくれだなんて頼むようになったのかは話してくれるわよね?」
「あ、あの・・・。井上先生っ。この事は私と先生だけの秘密にして貰えますか?」
「勿論よ。誰にも話したりはしないわ。私と貴女だけの秘密にします。」
「・・・・。わ、私。実は恭平から万引きをするように命令されたんです。・・・・。でも、私・・・。そんな事、出来ないって断ったら、じゃ代わりに俺に電車の中で痴漢してくれって頼めって言われたんです。」
「え、それで痴漢してくれって彼に頼んだって言うの?」
「・・・・。は、はいっ。そうです。黙って痴漢されるんだったら、万引きするのは許してやるって言われて・・・。」
「な、何てこと・・・。でも、どうして彼は貴女に万引きしろだなんて命令出来たの?」
「・・・・。か、彼は、私の・・・、知られたくない秘密を握っていて・・・・。」
「え? 氷室君は貴女の何か秘密を握っていて、それで万引きしろだとか、痴漢して欲しいとか言わせたっていうの? 何て卑劣な・・・。でも、どうして彼は貴女にそんな理不尽なことを命令出来るっていうの?」
「そ、それは・・・・。」
「あ、そうよね。誰にだって知られたくない秘密っていうのはあるわよね。いい。いいわ。今はそれは先生に話さなくたって・・・。でも、他人の知られたくない秘密を握って誰かを言う通りに挿せるだなんて、そんな卑劣な事、私は絶対に許せないわ。ねえ、美鈴さん。この事は全部、私に任せてっ。私が何とかする。私が貴方の秘密も守ってあげるわ。だから自分の身を殺めようなんてこと、絶対に考えないでね。」
薫は美鈴を守る為に身を挺して闘う覚悟を決めたのだった。
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