妄想小説
美教師を奈落に貶める罠
六
ふうっ・・・。
薫は大きく深呼吸をすると、ゆっくり慌てずにスーパーの出口を目指す。
(何とか無事終わったわ。)
薫がスーパーの出口扉を潜り抜けようとしたその時だった。
「あの、お客さま。ちょっと待っていただけますか?」
背後の声は丁寧だが、有無を言わさぬ強い口調が感じられる。
「えっ?」
薫が振り向くと、さっき同じ列で商品の品定めをしていたオバサンがいた。
(今、お客さまと言ったわ。だとするとこの人はお客じゃない・・・?)
「な、何でしょうか・・・?」
「確かめさせて頂きたいことがあります。こちらのバックヤードの事務所まで来て頂けますか。」
それは質問ではなく、命令に等しかった。既に薫の二の腕はそのオバサンらしき女性にしっかりと掴まれているのだった。
有無を言わさずに女性に連れて行かれた店の裏手のバックヤードと呼ばれている場所にあるこじんまりとした事務室には別の若手の社員らしき男が待機していた。
「マルタイです。鞄の中に未清算の品物がある筈です。監視カメラはA3番。時間はヒトヨン・マルマルからイチヨン・ヒトゴーの間です。」
女性はテレビドラマで観た警察官が使うような符牒を使って早口に若手の社員に告げていた。
「あ、あの・・・。ち、違うんです。これは・・・。あの・・・。」
薫も突然の展開に気が動転して何をどう説明すればいいのか頭の整理がつかない。
「了解です。あ、奥さん。ちょっと左手首を出して頂けますか?」
「え、左手首・・・?」
薫が首を傾げながら左手首を翳すと、男は素早くその手首に何時の間にか用意していたらしい手錠の輪っかを掛けるとさっと締めてしまい、その反対側の輪っかを事務所の壁に垂直に通っている配管に繋いでしまう。
「な、何をなさるんですっ。手錠だなんて・・・。」
「あ、ご心配なさらずに。一応、警察が来るまでこうしておく決まりになっているんで。もし容疑が晴れるようならすぐにお外ししますので。」
「よ、容疑って・・・。け、警察・・・? そんな・・・。」
「じゃ、後は任せたわ。私は引き続き店内の巡回に戻るので。」
「あ、アイコさん。ご苦労さまでした。後はこちらで引き取って尋問はしますので。」
薫の二の腕を捉えてこの事務所まで引っ張って来たオバサンは事務所に居た若い男にそう言って引き継ぐように薫の身柄を渡すと店の方へ戻っていってしまうのだった。
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