妄想小説
美教師を奈落に貶める罠
二
「それじゃ、朝のホームルームはこれで終わります。」
担当クラスのホームルームを終えると、さっと教室を出て生徒達が次の授業の為に教室を移る為に出て来るのを薫は廊下で待つ。
「あ、氷室君。ちょっと・・・。」
「ん? 何だい、何か用か?」
氷室恭平の姿を認めたところで薫はすかさず声を掛ける。
「ちょっとお話があるの。放課後になったら生徒指導室に来てくれない?」
薫は出来る限りの毅然とした態度で言い放ったつもりだった。薫は恭平のようなタイプは実は苦手だった。教師を教師とも思わない小馬鹿にしたような態度が許せない。しかし生徒に対し、少しでも怯んだような素振りを見せたら、ずっとその生徒からは馬鹿にされ続けてしまうことを教師になった最初の数年で学んでいた。
「何の話だい?」
「ここでは言えないわ。」
「ふーん、そうかい。・・・。いいよ、わかったよ。」
いかにも(そんなに頼むんなら行ってやるよ)という態度だった。
「じゃ、待ってるから。必ず来るのよ。」
そう言った時には氷室恭平は既に薫に背を向けて歩き去るところだった。
ガチャリとドアノブの音がして、薫が待つ生徒指導室に氷室恭平がのそっと入ってきた。
「そこに座って頂戴。」
薫は自分が座っているテーブルを置いて反対側の椅子に恭平を促す。無言で恭平がそこに座るのを待ってから、やおら薫は話を切り出した。
「貴方、今朝、登校している電車の中で痴漢をしてたわよね。」
薫ははっきりとそう言い切る。実際にはどういう行為まで氷室恭平が及んでいたかまでは見届けていない。しかし言い出した側から曖昧にしていると幾らでも言い逃れしてくるのは分かっていた。薫は全てを見届けた上で話しているのだと言い切ることにした。
「痴漢? 何のことを言っているのかな?」
「惚けても駄目よ。私は同じ電車に乗っていたの。痴漢された相手も分かっているわ。同じこの高校の女子生徒で川野美鈴さんよ。」
薫は事前に顔写真付きの生徒名簿で痴漢された女子生徒を確認してあった。自分の受け持ちクラスではないが、同じ学年の女子生徒だった。相手の名前を知っていると告げれば、言い逃れのしようがないと薫は踏んでいたのだ。
目の前の氷室恭平は鋭い目つきで薫を睨みつけていた。薫もここで目を逸らしたりしたら負けだと思って、毅然とした態度を保って恭平の方を見続ける。
「何か、証拠でもあるのか?」
「しょ、証拠・・・ですって? 貴方、何を言っているの。川野美鈴さんをここへ呼んできてもいいのよっ。」
「ここへ呼んで来る? それならこっちも望むところだ。何せ、あいつが俺に頼んだんだからな。電車の中で私のスカートの中に手を入れてあそこを触って欲しいってな。」
「何ですって? 女の子がそんな事、頼む訳がないでしょ。いい加減なことを言わないでっ。」
「だったら、まずは自分で確かめて来るんだな。ちゃんとした証拠も無しに人を痴漢呼ばわりしたんだから、間違ってたらそれなりの罰は受けて貰うからな。」
そう言い切ると、恭平は悠然と生徒指導室を出ていってしまう。薫にはそれに対し返す言葉も無いのだった。
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