妄想小説
美教師を奈落に貶める罠
一
新転地へ赴任したばかりの女教師、井上薫が異変に気がついたのは新しい赴任先の湘西高校へ向かっている混雑した通勤電車の中だった。流れていく車窓の景色からふと目を移した薫の目に映ったのは、困惑した顔で今にも泣き出しそうにしている少女の姿だった。人垣が邪魔をしてはっきりとは見えないのだが、その少女の下半身に伸ばされている男性の手とそれを何とか拒もうとしている少女の手の攻防らしきものが垣間見れた気がしたのだ。
(ち、痴漢・・・?)
混雑している電車内の人と人の隙間から時々ちらちらっと見えるだけなので、薫にも確信が持てない。
(あ、しかもあれはうちの学校の女子生徒の制服じゃないの・・・。何とかしなくちゃ。)
とりあえず間違いでも事情を訊かなくちゃと思い、座っていた席から立ち上がろうとしたその時だった。薫の通う高校の女子生徒の下半身に手を伸ばしていた男が急に横を向いたのでその横顔が見えたのだ。
(えっ、あれは・・・。)
薫は立ち上がろうとしていた脚の力が抜けてしまう。一瞬だけ見えた横顔は薫の担任のクラスの男子生徒、氷室恭平に間違いないと確信したからだった。
(うっ、ここで騒ぎを起こしてはまずいわ。でも、同じ高校の男子生徒と女子生徒だと分かっているなら、後で問い質すことは可能だわ。今、騒ぎを起こせば彼らにとって取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうかもしれない。)
そう思った薫は立ち上がって声を掛けることは差し控え、事態の進展を注目し続けることにした。その時、電車はガクンとブレーキが掛かって薫たちの高校の最寄駅に向けて減速を始めたのだった。
自分の降りる駅に近づいたと気づいた薫はすぐに立ち上がって自分の高校の生徒である男女の方に近寄ろうとしたがあまりに混んでいて近づくこともままならず、駅へ着いてホームに降り立った時には、男女共に姿が見えなくなっていたのだった。
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