妄想小説
モデルになった美人ホステス
七
次の日も菱山邸を訪ね、信代の指示に従って劉邦が予め選んでおいたらしい着物に着替えると劉邦のアトリエで言われたとおりのポーズを取りながら言うべきかどうかをずっと逡巡していた美沙子だったが、劉邦が筆を休めた一瞬に思い切って言ってみることにした。
「あの・・・。劉邦先生。私、信代さんから頂いたモデル料の封筒、帰ってから初めて開いてみたんですが、あんなに頂いてしまって宜しいのでしょうか?」
「あんなに・・・とは? 思ったより多かったという意味かな。この業界では普通に支払われているモデル料だと理解しておるが。」
「そ、そうなんですか? ただこうしてじっとしているだけなのに。何だか申し訳なくて。」
「モデル料というのは相場はなくはないが、それは学生などがモデルを雇う場合の話なのだよ。私達のようにある程度の年齢になって、そこそこのものを描いてきた画家には、どんな絵が描けそうか、自分の思い描いていたものが出来そうかどうかでモデル料は決めるものなのだよ。絵だってそうだろ。買い手が欲しいと思えば、幾らだって値はあがっていく。それだけの価値を見出したということなのだよ。」
「そういうものでしょうか。私みたいな素人なのに・・・。」
「前にも言ったと思うが、モデルとしての価値は画家にどれだけのインスピレーションを沸かせることが出来るかなんだ。君にはそれがある。」
「そうですか・・・。でしたら、せめて劉邦先生にはイメージしておられるどんなものでも私に指示してください。もし先生が望まれるのでしたら、私ヌードでもなんでもやりますから。」
「ふむ。ヌードかね・・・。それは考えてもみなかったな。ふうむ。しかし、君に取って貰いたいポーズが無い訳ではない。」
「そうなんですか。でしたら、何でも仰ってください。」
「・・・・。ううむ。」
何故か劉邦は言い淀んでいた。しかし、一時宙を睨むように顔を上げてから眼を閉じてイメージを固めている様子を見せたあと、口を開いたのだった。
「ならば、君を縛らせて貰えんだろうか。」
「し、縛る・・・の、ですか。」
「いやかね?」
「い、いえっ。そんなことはありません。先生が望まれるものでしたが、私もお金を頂いているプロのモデルの端くれですから先ほども申し上げましたとおり、何でもさせて頂きます。」
「縛られた女性の絵は以前に一度試したことがあるのだが、その時のモデルのイメージが私には合わなかったのだ。イメージしていたものにならなかったのだ。それで途中で止めてしまったのだが、君ならもう一度挑戦してみる価値はありそうな気がするのだ。」
「是非やらせてください、先生。」
劉邦はアトリエにある絵の道具をしまってある幾つかの抽斗を探り、麻の荒縄を取り出してきて美沙子の背後に廻るとあっと言う間に手際よく美沙子を後ろ手に縛り上げる。以前に経験があるというだけあって、両手首を結わえ付けてから胸元の上下に回した縄は綺麗に美沙子の肉体から自由を奪っていく。
「どうかね。痛くはないか?」
「いえっ。何だか身体が引き締まる感じです。ただ、どんな表情をすればいいのか皆目、見当もつかなくて・・・。」
「何も考えなくていい。表情を作ろうとしてはいかんのだ。ただ自分が縛られていることだけを感じて、自分の中にあるものをそのまま素直に外に出すだけでいい。」
(何も考えない・・・。自分の中にあるものを、そのまま素直に・・・。)
美沙子は自分からは表情を作らないようにして、ただ(自分は今、縛られているのだ)とだけ戒められた縄の感触だけ敏感に感じ取りながら胸中を無心にしていく。
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