伏せ

妄想小説


モデルになった美人ホステス



 二十七

 葬儀の後、劉邦の身内となるものが誰一人居ないので仕方なく火葬場の野辺の送りまで葬儀社の担当と付き合った後、劉邦の屋敷で鍵を預かっている信代の元へ遺骨を届けにゆき、やっと解放されたと思った美沙子は数日、自分のアパートで気が抜けたようになって何をする気力も起こらずカルネの朱美ママを訪ねるというのも一日延ばしにしてぐずぐず過ごす日々を送っていた。そんな美沙子の前に突然現れたのが劉邦の生前から信託弁護士を任されていたという矢内という男だった。
 矢内の言い分に依ると、生前劉邦から自分が亡くなった後は瀧川美沙子という女性を訪ねてその前で預けておく遺書を開封して確認して欲しいというのだった。遺書を開封するには第三者の立ち合いも必要なので、劉邦の屋敷に家政婦として雇われていた信代を呼んであるという。
 仕方なく、美沙子は矢内という弁護士が乗って来た車で一緒に劉邦の屋敷に向かったのだった。

遺言書読み上げ

 久々に訪れた劉邦の屋敷の応接間で、立会人の信代と一緒に矢内弁護士の読み上げる劉邦の遺言を美沙子は他人事のように聞いていた。
 「え、よく分からなかったんですが、どういう事でしょうか?」
 「つまり簡単に言うと、貴女、瀧川美沙子さんが亡くなられた故菱山劉邦氏の全財産を相続されたということなのです。」
 「は? えっ、私が・・・ですか?」
 「遺言書に依るとそういうことになります。」
 「で、でも・・・。私、劉邦先生とは赤の他人ですし。」
 「菱山劉邦氏には法律上の法定相続人に当る方が居られないのです。以前、婚姻関係にあった方は居られますが、慰謝料を支払われた上で正式に離婚が成立しています。他には親族に当る方でご存命の方は一人も居られないのです。ですので、この遺言書による相続は完全に成立します。」
 「あ、あの・・・。こちらの信代さんは?」
 「信代さんは貴女と同じく故人とは血縁関係はありませんので法定相続人にはなり得ません。しかし信代さんに対しては生前に充分な贈与が劉邦氏から為されていて、相続者である貴女が拒まない限りはずっとこの屋敷で貴女の世話をするという契約が交わされております。そうですよね、信代さん?」
 「ええ、その通りでございます。美沙子さん。宜しくお願い致します。」
 「え? 宜しくと言われても・・・。矢内さん。私はどうすればいいのでしょうか?」
 「えーっとですね。まずは現在お住みのアパートを引き払われてこちらの邸宅に引っ越しなさることをお薦め致します。相続関係のお手続きは私、矢内が引き続き行うことを仰せつかっておりますので、全て私にお任せください。」
 「はあ、そうなんですね。ううん。」
 「何も心配なさることはありませんよ。あ、ただ一言だけ。先にもお伝えしました通り、劉邦先生には離縁された元奥様、現在は本宮倫子という方とその方の養子である睦男という息子がおりまして、この二人には充分な手切れ金を渡して和解協議離婚が成立しているのですがそれにも関わらず遺産に関して権利があるという主張をしてくる可能性があります。しかしこれは法的には全く根拠のない事ですので、もし万が一そのような申し立てがありましたらすぐに私、矢内の方のご連絡ください。私の方で全て対処致しますので。」
 「はあ、そうですか。わかりました。」
 矢内弁護士の話はにわかには理解できるところまではいかなかったが、半信半疑のまま自分のアパートに戻った美沙子は思い切ってカルネの朱美ママにも相談してみることにした。

 「やっぱりそういう事だったのね。大丈夫よ。安心して劉邦先生の財産を相続しておしまいなさいな。私も困ったことがあったら何時でも相談に乗るから。あ、それからこの間も言ったけど、カルネに飾る貴女を描いた絵があったら一枚でもいいから貸して欲しいの。カルネに飾っていっぱい宣伝したいから。」
 「そ、そうですか・・・。わかりました。私がカルネに出るのはもう少し時間を頂けますか? 一度引っ越してみて落ち着いたらまた連絡しますので。」
 「分かったわ、純子ちゃん。楽しみに待っているわ。」
 そう言って朱美ママとは電話を切り、美沙子も劉邦邸へ引越をする決意をしたのだった。

misako

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