妄想小説
モデルになった美人ホステス
二十
「あ、信代さん? その節は、ご連絡ありがとうございました。私もまさか、劉邦先生のアトリエを辞したあと、あんな事になっていたなんて・・・。ええ、驚きで言葉もありませんでした。そ、それで・・・。ええっ? 私に喪主? そんな惧れおおいことです。・・・。ええ、確かに私、先生には大変にお世話になっていましたから・・・。・・・。そう、そうなのですね。わかりました。先生の遺言であるのだと仰るのなら、お引き受けしない訳には参りませんよね。」
劉邦画伯のお手伝いをしていた信代という家政婦からの二度目の連絡は、突然の訃報に引き続いての思ってもみなかった依頼だった。美沙子に劉邦の葬儀の喪主を務めて欲しいという依頼だった。しかもそれは故人の遺言によるものだというのだ。
菱山劉邦には離縁した元妻と、劉邦の子ではない元妻の連れ子がいるというのは聞いていたが、法的には血縁者でないのは明らかだった。協議離婚が成立している以上、他に身寄りがないとしても元妻には元夫を送る云われはない。天涯孤独の身になった劉邦が最後にモデルを務めた美沙子を葬儀の際の喪主に指名したというのもあながち頷けない話ではないと美沙子は思った。生前の恩義に報いるべく、葬儀ぐらいは喪主を務めてあげてもいいのではないかと思ったのだった。
既に手配済みだった葬儀社の担当者から(喪主とは言っても、会葬者に挨拶するだけですから)と言われて軽く考えて葬儀場である劉邦の菩提寺に和装の喪服で赴いた美沙子だった。
事前に聞かされていたのは、会葬者は殆どが劉邦が生前に付き合いのあった画廊の関係者や画商たちと、画壇の関係者、生前勤めていた美大教授時代の関係者のみとのことだったので、時折訊かれる故人との関係を(最後のモデルでした)と受け流しながらやり過ごしていた美沙子だった。美沙子が事前に見知っていたのは殆どと言っていいくらい居なかった。そんな中に唯一美沙子が知っている人間として現れたのがクラブ・カルネのママ、朱美だった。
「あ、朱美さん。会葬、ありがとうございます。」
「まあ、貴女が喪主だったなんて・・・。思いもしなかったわ。でもそうね。あの方、前の奥さまを離縁されてからは天涯孤独の身でしたものね。劉邦画伯を喪主として送るのは貴女しか考えらえれないわね。」
「私も突然お手伝いさんだった信代さんから先生が生前に遺言で私を指名していたと知らされたんです。先生にお世話になった手前、知らぬ顔も出来ませんし・・・。」
「そりゃ、そうよね。落ち着いたらまたカルネに顔を出して頂戴ね。」
「勿論です、朱美ママ。」
美沙子はすっかりカルネの頃の純子の気持ちに戻っていた。
「カルネで待っているわ、純子ちゃん。」
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