妄想小説
モデルになった美人ホステス
三十八
(こんな絵に、本当に一億円の価値があるのかしら・・・。)
絵の良し悪しは分からない美沙子だったが、ふと鮫津が以前言っていた言葉を思い出した。
「絵の価値なんてものには絶対的なものはないんだ。欲しいと思う人にとっては幾らでも高額な価値になるし、欲しくない人にとっては只のゴミ同然なのさ。」
(岩倉さんという方には一億円の価値を感じるだろうと踏んで、鮫津は一億円という値を吹っ掛けたのかしら・・・?)
自分が縛られている様子を描いた絵が売買されるのは恥ずかしい気持ちがしたが、それが一億円という値が付いているとなると、モデルである美沙子としても気持ちは少し変わってくるのだった。
「鮫津さん。鮫津さんは最初から岩倉社長が私を縛ってみたいと言い出すようにこの着物を着て接待するように仕込んだのよね?」
「さあ、それは想像にお任せしますよ。」
「だって、事前に縄まで用意して岩倉さんに渡したのでしょ? あの方が一億円出してもあの絵を欲しくなるようにする為だったのでしょう。」
「まあ、結果そうなっただけのことです。」
「もしかして、これからも絵を売りつける際に私を縛らせたりするおつもり?」
「それはお客さん次第、そして貴女次第ですよ。お客さんが望まなければ薦めもしないし、貴女が嫌なら断ればいい。私は画商だから少しでも絵を高く売りたいだけです。絵の売値の半分は貴女のものです。絵を高い価値にするかどうかは貴女次第という訳です。」
美沙子は自分は劉邦にいったい何枚の緊縛画を描かせたのだろうかと思い返してみる。
その日、カルネでホステスとしての純子が指名を受けたのは兼平六蔵という不動産会社の社長をしているという男で、美沙子も店内で何度か見かけたことはあったが指名を受けたのは初めてだった。
「兼平社長、ご指名くださいましてありがとうございます。純子と申します。」
「ああ、君が純子さんか。なるほど、あの絵の通りの美人だね。あの絵がカルネに飾られるようになってママにあの絵のモデルは誰なのかねって訊いたらこの店に時々出ている一人だっていうじゃないか。それで早速指名させて貰ったんだよ。」
「それは、それは。この所、こちらの店に出るのは週に数回で毎日ではないのでなかなかお目に掛かれることがなかったのかもしれませんね。」
「今日はラッキーだったという訳だ。で、ママに聞いたんだがあそこに飾ってある絵みたいに、君を描いた絵を扱っている画廊があるんだってね。」
「ええ。亡くなられた菱山劉邦画伯の遺作を扱っている画廊をある人と共同経営していまして。あ、これがその共同経営者の名刺です。もしご覧になりたいのでしたら、この人に連絡して頂ければ案内してくれる筈ですわ。」
「それは是非にもお願いしたいものだね。まずは知り合いになった挨拶がわりに乾杯をしようじゃないか。」
「戴きますわ。乾杯っ。」
美沙子は兼平といういかにも好色そうな好々爺が自分を物欲しそうに見つめていることに気づいていた。
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