妄想小説
モデルになった美人ホステス
二十八
矢内弁護士の薦めにしたがって、アパートを引き払って元菱山劉邦の邸宅へ引っ越してきた美沙子だったが、何となく落ち着かない日々を送っていた。一人での生活には慣れていたものの、劉邦の屋敷はたった独りで棲むには広すぎた。劉邦からの遺言と事前に支払われていた手当のおかげで劉邦の生前と同じように信代という家政婦が毎日やってきては身の回りの世話をしてくれるのだが、夜になれば一人っきりになってしまう。だだっぴろい屋敷内にはまだ美沙子が入ったことのない部屋が幾つもあった。劉邦の生前には毎日のように通っていたアトリエとして使っていた部屋は、劉邦の最期を見届けた部屋なので立ち入ることをどうしても躊躇ってしまうのだった。
これからどうやって生活していったらいいのか思案に呉れてぼおーっとしていたところにドアホンが鳴って誰か来たらしいことを告げていた。
ピン・ポーン。
「あのどちら様でしょうか?」
「宅配でーすぅ。瀧川美沙子さまでしょうか? クラブ・カルネというところからお届け物です。」
(カルネ? 朱美ママからかしら・・・。)
「お待ちください。今、門の扉をロック解除しますので。」
ドアホンに付属しているモニタカメラの向こうには宅配業者の帽子を目深に被った男が下を向いて鍵が開くのを待っていた。
美沙子は玄関口まで出て行って、宅配業者の男が門から玄関先までやってくるのを待ち受ける。玄関扉の横にあるステンドグラスの擦りガラスの向こう側に男の影が現れたところで美沙子は扉の錠を外しドアを開く。
「え? あ、貴方っ・・・。」
見覚えのある男の顔を見て美沙子ははっとなる。通夜の晩に元劉邦の妻だと名乗ってやってきた倫子という女に連れだってやってきていたヤクザ風の睦男という男だったからだ。その男の背後には倫子の姿もあった。
この二人には用心するように信代からも矢内弁護士からも言われていたことを思い出して、慌ててドアを閉めようとした美沙子だったが、一瞬早く睦男が靴を玄関扉の隙間に差し入れていた。
美沙子が扉をロックする間もなく、睦男に続いて倫子も玄関内に入ってきてしまう。
「あの、わたくし・・・。あなた方には何の用もありません。お引き取りください。」
狼狽えながらもきっぱりと言い切った美沙子だった。
「ふん。アンタに用がなくても、こっちにはあるんだ。入らせて貰うぜ。」
しかし睦男と倫子は勝手にどんどん入ってきてしまう。
「こ、困ります。何の用があるって言うのですか?」
「ここはちょっと前まで私も棲んでいた屋敷だからね。勝手は分かっているんだよ。今日はちょっと調べものをしにやって来たのさ。」
二人に押し込まれるように美沙子は応接間の方に後ずさりさせられてしまう。
「調べものって・・・。勝手な事をするのは許しませんよ。」
「ふん、もうこの屋敷の主人気取りかい? こっちこそ、アンタが勝手な真似をするのは許すつもりはないんだよ。おい、睦男。この女が邪魔だてするといけないから動き回らないように縛ってしまいな。」
「な、何ですって? いやっ。やめてっ。」
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