市長室来訪

妄想小説


走る女 第二部


 八十

 莉緒は蛭田から教え込まれた台詞を復唱し終えたところだった。
 「ちゃんと覚えたようだな。明日は勝手なことを喋ったりしないように市庁舎に入った時から携帯の通話をしたままにさせておくからな。変なことを秘書に告げたりすれば、お前の夫の会社にとんでもない画像が流出することになるのだぞ。それを忘れないことだ。」
 「大丈夫です。言われた事以外話したりはしません。」
 莉緒は蛭田の用意周到さに舌を巻かざるを得なかった。ずっと花音や市長との会話を自分のスマホで蛭田に盗聴されている状態では、花音に助け舟を出すことなど出来ないのだ。

 翌日、市長の権田が市長室に入って落ち着いた頃を見計らって莉緒は秘書の花音に案内を請う。
 「あの花音さん。私が市長室に入ったら、インターホンのスイッチをこっそりオンにしておくので、市長室で交わされる会話をインターホンで聞いていてください。」
 「どうしてそんな事をするのですか?」
 「それは聞いていれば判ります。貴方には市長と私達の間の立場をよく理解して貰いたいのです。」
 「どういう事か判りませんが、莉緒さんのことは信用しています。仰る通りにしますので。」
 「じゃ、市長に声を掛けてきてください。」
 「はい。」
 花音は秘書控え室で待つという莉緒を残して市長室の扉をノックする。
 「市長。市営グランドの西岡様がお見えです。」
 「ああ、わかった。お通ししてくれ。」
 事前に市長には蛭田から電話で連絡が行っている様子だった。すんなり莉緒は花音に市長室に招じ入れられる。
 市長室に入った莉緒は市長室のドアを内側からロックを掛ける振りをする。しかし、今回はその必要はないのだった。
 「さ、市長室の扉は内側からロックしたからいつものようにそこでまず這いつくばるのです。」
 そう言いながら、自分は市長に代わって市長の机の前に回り込んでこっそりインターホンのスイッチをオンにする。扉の向うでは秘書控え室で花音が受話器を耳に当てて聞き耳を立てている筈だった。
 「じゃ、まず服を脱いでブリーフ一枚になるのよ。」
 「ああ、またそんな命令をするのか。もういい加減に赦してくれないか。」
 「何を言っているの。自分の立場が分かってないようね。今日もそれをたっぷりと判らせてあげるわ。」
 「ま、待ってくれ。今、言う通りにするから。」
 市長が脱ぎ取ったズボンから莉緒は革のベルトを抜き取る。
 「今日もこのベルトがアンタに与える鞭になるのよ。さあ、いつもの台詞を言ってみなさい。」
 「わ、判りました。あの・・・、ご主人様。私の・・・、私の尻をその鞭で思いっ切り打ちのめしてください。」

M男鞭打

 パシーン。
 鋭い空気をつんざくような音が受話器を通して秘書控え室の向うで聴き耳を立てている花音にも聞こえている筈だった。

 「どういう事なんですか、あれは?」
 ひとしきり市長への調教を終えて、市庁舎地下の喫茶室で花音と向かい合って席を取った莉緒は小声で花音に説明するのだった。
 「市長はある人に秘密を握られているの。だから、言う事を聞かざるを得ないのよ。私も実は同じ立場なの。わたしも好きで市長を虐めているのではなくて、やらされているの。わたしも同じようにある男に秘密を握られていて、命令を聞かざるを得ないの。」
 思いもかけない話を信用おけると思っていた莉緒から聞かされて、ふと自分自身も何者か分からない男から映像を撮られて言う事を聞かされていることに思い当たる。
 「どんな秘密なんですか、市長が握られている秘密っていうのは?」
 おそるおそる花音は莉緒に訊いてみる。
 「わたしもよく知らないのだけれど、何かビデオを撮られているらしいの。それが明るみに出ると、もう市長では居られないようなものらしいのだけれど。」
 花音は話を聞きながら、自分が夜更けに市営グランドの男子トイレで撮られてしまった写真の事を思い起こしていた。市長がどんな秘密を握られているのか判るような気がするのだった。
 「莉緒さん。貴方はどんな秘密を握られているんですか?」
 「ごめんなさい、花音さん。私の口からはとてもそれは言えないわ。」
 「そうなんですね。済みません。そんな事、訊いちゃって。」
 「いいのよ。気にしないで。」
 「でも、どうして市長とのそんな関係を私に聞かせたりしたんですか?」
 「それは私には分からないわ。私はただ命令された通りにしただけだから。でも、理由は分からないけれど、貴方に市長が困った立場に居ることを教えたかったのでしょうね。」
 まだスマホの通話を切るのを許されていない莉緒は、蛭田に言われた通りの話を花音に吹き込む。
 暫く考え込んでいた花音だったが、ゆっくりと花音は切り出すのだった。
 「ねえ、莉緒さん。貴方は市長の秘密を握っているその人をご存知なのでしょ。その人が誰なのか私に教えてくださらない? 私は市長にとても恩義があるのです。大学入試を二度も失敗して就職先もない私を救ってくださったのは今の市長なんです。市長を救う為なら私、どんな事でもする覚悟なんです。」
 莉緒はその花音の悲痛な言葉を聴いて、蛭田が仕組んだ企みの全容を確信したのだった。

花音

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