妄想小説
走る女 第二部
六十八
グランドに着くと、すでに電気はすっかり消えていて誰も居る気配はない。管理事務所の方も電気は全て消されていた。念の為にまず事務所の方へ行って、入口が施錠されているのを確認する。
(管理人さんはもうとっくに帰っている筈だわ。)
電子メールにあった外のトイレというのはあれしかないと見当は付けていた。誰かに見られていないか確認しながら、音を立てないように忍び足でそっと近づいてゆく。暗いなかに少し離れたところの常夜灯からの明りで扉がぼおっと浮かんで見える。
男子トイレと書いてあったのは何度も繰り返し見て間違いなかった。昼間だったら到底入ることは出来なかっただろうが、誰も観ている筈はない夜の闇の中だったので、花音は勇気を出して男子トイレのドアノブを握る。するっと廻って施錠はされていないのが分かる。そおっと扉を開くと中に滑り込む。明りを点けるべきか迷ったが、暗くて何も見えないので、思い切って入り口傍の照明のスイッチを入れる。以前に掃除で来たことのあるので見覚えのある景色だった。一番奥の個室というのはすぐに分かった。
(ここだわ。)
そおっと扉を引いてみる。そして愕然となる。トイレ奥の真正面の壁になにやら貼られていたからだ。傍に寄って確かめるまでもなく、床に寝転ばされている自分のあられもない格好がそこに写っているのが判った。
慌てて駆け寄ってセロテープで貼られていた紙をべりっと剥す。
(誰がこんなことをしているのだろう。)
そう思いながら剥した紙を小さく畳もうとして裏に何か書いてあるのを発見する。
<あちこちに貼り出されたくなかったら、言う事をきけ。服を下着も含めて全部脱いで黒い鞄の中に入れる事。代わりに鞄の中のアイマスクを嵌め、手錠を自分で後ろ手に掛けて待て>
細かい指示が書いてある。個室を見回すと便器の陰に黒い鞄が見つかった。中を調べると確かに赤いアイマスクと銀色に光る手錠が入っているのが判った。
(どうしよう・・・。)
昼間と同じように膝ががくがく震えだす。
(すぐに逃げるべきなのでは)とも思うのだが、逃げて同じ様な写真があちこちに貼り出されたりしたらと思うと、それも出来ないと思うのだった。
(自分を犯すのが目的なのだろうか・・・。)
しかしそれなら昼間犯していた筈と思うと、それだけが目的とも思われない。いちかばちか犯人にぶつかってみて、犯人の望みが何なのか確かめたほうがいいような気もしてきた。
散々思案した末、犯人の指示に従ってみることにする。黒い鞄からアイマスクと手錠を取り出す。手錠の嵌め方はすぐに分かった。輪っかになった部分を合わせて嵌めると自動的に締まってゆくらしい。後ろ手と指示があるので、先にアイマスクを嵌めてから手探りで手錠を自分で掛けるしかないと判断する。
そこまで調べたところで、花音は意を決してブラウスのボタンを外し始める。スカートを脱ぎ取ってブラジャーのホックを背中で外して取ると、もうその先は考えないことにして一気にショーツも抜き取り、アイマスクを目に当ててから手探りで手錠を背中に廻す。
手錠を掛けたふりをしてはどうかとチラッと考えたが、これだけ用意周到な犯人だから下手な小細工は通じないだろうと諦めて指示に従うことにする。
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