妄想小説
走る女 第二部
六十五
すぐ目の前に何かが落ちている。
(何、これ?)
それはTの字の形の剃刀だった。
(どうしてこんなものが・・・。)
ある連想が頭に浮かぶ。不自由な身体を曲げて自分の下半身をみるとスカートが大きく捲れ上っている。何故か下着を身に付けていない。しかし吃驚したのはあるべきものがあるべき場所に無いことだった。
(えっ、なんで・・・?)
その時、目の前に剃刀が落ちている訳がわかった花音だった。と、同時に自分が尿意を催して目を覚ましたことも思い出す。
縛られた不自由な身体で身を起そうとする。しかし何かに引っ張られて自由に身体が動かせない。その時、自分の両手首と胸の周りを縛っている縄が壁のシャワーヘッドの部分に括り付けられているのに気づく。
「おーい。花音ちゃーん。そっちに居るのかあ。」
遠くから声が聞こえてくる。聞き覚えのある声だった。
(管理人の蛭田さんだわ。)
すぐに捲り上げられているスカートのことを思い出し、身体をもがくようにしてずり上がったスカートを何とか元に戻そうとする。
「花音ちゃーん? そっちかい?」
声がシャワー室のすぐ外から聞こえる。花音が声を挙げたほうがいいか迷っている時、扉の向うから蛭田が顔を出した。
「花音ちゃん、どうしたんだ。その格好・・・。」
「あ、蛭田さん。助けて・・・。」
蛭田が花音の方へ走り寄ってくる。
「どうして縛られているんだ。何があったんだ?」
蛭田は背中の方に廻って手首に巻き付いた縄を解こうとする。
「あ、あの、トイレに行きたいんです。急いでっ。」
「あ、トイレに行きたいのか。ずっと我慢してたんだね。今すぐ・・・。ああ、きつく縛ってあって、ちょっと待って。」
「ああ、もう駄目。お願い、こっち見ないで。」
蛭田に身体を起して貰ったことで何とか股を開いてしゃがむ姿勢になることが出来た。その瞬間に股間から熱いものが迸りでていた。
「お願いです。こっちを見ないでいてください。」
花音には蛭田が自分を見ていないか確認することも恥ずかしくて出来ないで俯いたまま放尿が止まるのを待っていた。
「もう、いいかい?」
「や、まだ・・・。もうちょっと。」
最後の一滴が落ちた後、花音は蛭田に声を掛けていいか迷う。
「終わった? 終わったんだね。いいよ、気にしなくていいんだよ。どうせここはシャワー室だから水で流してしまえばいいんだよ。今、縄を解いてあげるから。」
蛭田はがに股でしゃがんだ格好のままの花音の背中に再び回り込んで縄を解いてゆく。手首の周りが緩んできたのを感じると、花音は堪らず蛭田に声を掛ける。
「ああ、もういいです。後は自分で解けます。済みませんが、暫くあっちへ行っててくれませんか。」
「ああ、そう。そうだよね。わかった。管理人事務所の方に行ってるから後で声を掛けて。」
蛭田はそう言うと、花音を残してそっとシャワー室を出るのだった。
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