妄想小説
走る女 第二部
七十八
大会が終わって大半の参加者がぞろぞろと帰ってゆき、最後のほうになって花音が出てくるのをグランドの外の木陰で見張っていた莉緒は、さっと莉緒に近づくと囁くように声を掛けた。
「早乙女花音さんですよね。ちょっとお話があるんです。」
「え、貴方は? あ、確か管理人の蛭田さんと一度市庁舎に訪ねてこられた・・・。」
「西岡莉緒と言います。」
莉緒は近くのファミレスに花音を引っ張るように連れてくると奥の方の席を頼む。ウェイトレスが注文を聞いて立ち去るのを待ってから、辺りを憚るように小声で花音に話し掛ける。
「単刀直入に言います。貴方、今日パンティを穿いていなかったわよね。」
「え、なんでそんな事・・・。」
途中で止めた花音の言葉はその後、(言い出すの?)とも(知ってるの?)とも取れる言い方だった。
「あのね、これを見てほしいの。」
莉緒は自分のスマホのラインの画面を映し出して花音に見せる。
「こ、これは・・・。」
「そう。さっきの大会の最中に老人たちがこっそり遣り取りしてたラインのメールよ。こんな画像もあるの。」
莉緒はショックを受けると思ってわざと裸のお尻が写ってしまっている画像は除けて、ぎりぎり見えそうになっているものだけを翳して見せた。
「えっ、これって・・・。」
「それでね。老人たちの会話の一番最初はここから始まるの。ほらっ、これ。『今日来てる市長代行の早乙女花音はノーパンらしいぞ』」
「え、じゃ、あの大会の間じゅう、ずっと見つめられているような気がしてたのは、ただの気のせいじゃなかったのね。一体誰がこんなものを・・・。」
「おおよその見当はついてるけど、まだ確証はないの。パンティを穿くのを禁じられたのね?」
老人たちの会話と画像を見せられた後では、今更隠し立てしても無駄だと悟った花音は、小さく頷いてみせる。
「ああ、これで安心とまではいかないけど、一応火消しはしておいたから。ほら、ここ。」
そう言って、莉緒は老人仲間の一人らしく見えるように自分が打った文章を見せる。
<あれ、ノーパンじゃなかったって分っちゃった。ババシャツ色のガードルだった。>
<えっ、そうなの?>
<ほら、こういうやつ。>
その画像のすぐ後に添付で送った、莉緒がネットからダウンロードして送った画像も見せる。
<なあんだ。肌色のババシャツガードルじゃないか>
<チェッ。騙された。>
<なんか、損した気分。>
<そうだよな。まさか、ノーパンの筈ないものね。>
落胆の声がラインのメッセージとして延々と続いていた。
「これって・・・?」
「そう。わたしがあいつらの仲間の振りをして送ったの。貴方がウェアを返しに来て、それは参加の記念としてお受け取りくださいって渡した時に、そのババシャツ色のガードルを持っててアンスコ代わり穿いていたって嘘を流したの。」
「そうだったんですか・・・。」
「それで殆どの老人は肌色のガードルがノーパンに見えただけだと思った筈よ。」
「でも、わたし・・・。本当は。」
「いいのよ。忘れてしまいなさい。でも私には教えて欲しいの。どうして貴方があんな格好で大会に出なければならなかったのか。」
花音はちょっと逡巡していたが、謎の男から送られてきた最初のメールと、その日の朝、ノーパンになることを命じてきたメールの二つを莉緒に見せる。それを見た莉緒は蛭田の仕業だと直感する。
(私の時と同じ手口だわ。)
それと同時に目の前の若い秘書は、それが誰の仕業なのかまではまだ知らないのだということにも気づいたのだった。
「このメールを送ってきた男は、これからもまだまだ色んなことを要求したり、命令したりしてくる筈よ。ね、いい事。私の話をよく聞いて。この男にこういう事を止めさせる為には貴方の協力が必要なの。」
「え、私の協力・・・? わたしがどうすればいいの?」
莉緒は花音に向ってウィンクして見せるのだった。
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