トイレ脱出

妄想小説


走る女 第二部


 七十一

 男子トイレを出るのにも扉を薄く開いて、外に誰も居ない事を確かめる花音だった。管理人室の方もまだ誰も来て居ない様子だった。通路に立っている時計塔を見上げるともう9時に近いことに気づく。その日は市庁舎に出ることになっている日だった。出来れば休んでしまいたい花音だったが、もう二日も市長室を空けているのが気にかかる。靴にも小水が掛かってしまっていたし、下着を着けていないのも気にかかるが、家に戻って着替えている時間の余裕はなかった。
 (一度、市長室の様子を見て、抜けられそうだったら早引けさせて貰おう。)
 そう決心すると、そのまま市庁舎の方へ急ぐことにしたのだった。

 その日はいつもより随分早目に登庁した権田はまっすぐ市長室を目指す。朝方、秘書より先に登庁するよう指示のメールが入っていたのだ。メールアドレスは莉緒にスマホを調べられていた。送ってきたのは莉緒本人なのか、管理人の蛭田なのかはわからない。蛭田が莉緒に命じて送ったのだろうと権田は推測する。
 自分の机の上に真新しい紙オムツが一つ置かれている。メールにはその日もそれを一日中着けておくようにとも書かれてあった。下手に逆らえばどんな目に遭うか分からないと思った権田は市長室の入り口にロックを掛けてからズボンのベルトを緩める。脱いだブリーフは机の抽斗の奥にしまっておく。
 花音は始業時間の9時ぎりぎりにやって来た。いつも30分は前に来ている筈なので珍しい事だった。

市長出迎え2

 「あ、市長。もういらしていたんですか。お早うございます。今、お茶をお淹れしますね。」
 「ああ、ありがとう。どうしたんだ、早乙女くん。何だかすごくやつれている感じだが・・・。」
 「あ、あの・・・。ゆうべなかなか眠れなかったものですから。」
 「何だ。何か心配事でもあったのかね。」
 「あ、いえ。そういう訳では・・・。寝る前に呑んだ珈琲のせいだと思います。」
 花音は嘘を言ってごまかす。
 花音は早速お茶を淹れて盆に載せて市長の前に差し出し、早引けしていいかと切り出そうとしたところで市長の方から先に切り出されてしまう。
 「今日は大事な人が来訪するので、ずっと詰めておいて待機していてくれないか。何時になるかわからんのだ。」
 「大事な人・・・ですか。わ、わかりました。」
 すぐ帰る訳にはゆかなくなって、花音は市長に気づかれないように顔を顰める。
 「どうだったんだね、市営グランドの方の仕事は?」
 さり気なく訊ねたつもりの市長だったが、蛭田が莉緒の代りに花音を寄こすように言ったからには何かをされたに違いないと思っていたのだった。
 「あ、いえ・・・。あの・・・。わたしにも務まるような仕事ばかりだったので安心しました。」
 「へえ。そうだったのか。まあ、グランド管理事務所ならそんなに難しい仕事はないだろうが。そうだ。管理事務所の蛭田君からは、君がいろいろよくやってくれたんでお礼の電話があったんだ。また今度是非お願いしたいとも言ってたな。いいかね?」
 「また・・・ですか。市長が是非にと仰るのなら・・・。」
 出来たら断りたい花音だったが、まさかそう言う訳にもゆかないだろうと思ったのだった。
 「ときに、君。今日は下着はつけているよな。」
 突然の市長の言葉に飛びあがらんばかりにぎくっとした花音だった。
 「どうした? あ、済まん。突然、変なことを訊いたりして。実は、朝一番で『市長へひと言』のコーナーへの投書をパソコンでチェックしてたら、(今日の秘書はノーパンです)なんて書き込みがあったもんだから。」
 「そ、そんなの・・・、嘘に決まってます。悪意のある嫌がらせですわ。ノーパンな訳がないじゃないですか。」
 「そうだよな。当り前だよな。済まん。セクハラみたいな事、口走ってしまって。」
 「仕方ありませんわ。そんな投書があったのなら。でもそんな出まかせ、信じないで下さいね。」
 咄嗟に誤魔化した花音だったが、本当にパンティを穿いていないだけについ狼狽えてしまったのだった。ブラジャーも着けていないのだが、ブラウスの上に上着を着ているのでばれない筈だが見えないかどうか改めて再確認する花音だった。

 一旦秘書控え室に戻った花音だったが、暫くして再び市長室をノックする。
 「失礼します。市長宛に小包が届いているのですが。お開けしますか?」
 花音が持ってきたのは、小包とは言っても箱ではなく、何かを紙で包んでガムテープで留めたような簡易は包装のもので宅配で届いたらしかった。
 「あ、いや。自分でやるからいい。戻ってていいよ。」
 花音から手渡されたものを受け取ると、秘書を下がらせる。何か秘書に見られると困るようなものが出てくる予感がしたのだ。この二日間でいろんな事があったので、その関連のものでも出てきたら困ると思ったのだ。
 秘書の花音が部屋を出て行って、物音がしなくなったのを確認してからやおら抽斗から鋏を取出し、ガムテープの包装を解く。差出人は覚えのない名前で明らかに偽名である感じがした。
 「こ、これは・・・。」
 中から新聞紙に包まれて出てきたのは女物の下着だった。ブラジャーとショーツのセットだが、新品とか洗いたてという感じではなく、たった今まで身に着けていたのを外した感があった。念の為にショーツのクロッチの裏側を調べてみると、薄っすらと染みのようなものが見えるような気がする。鼻に近づけてみると微かな女臭がするような気もする。慌てて新聞紙に包み直すと、抽斗の奥にしまうことにする。そこには既に朝方脱いだ自分のブリーフが入っているのだった。
 (こんなものが見つかったら大変なことになるな。)
 そう思うと、普段は掛けない抽斗の鍵を念の為に掛けておくのだった。
 その時、急に朝方の花音との遣り取りが思い出されたのだった。
 (今日の秘書はノーパンです)という投書があったというのは咄嗟に吐いた嘘だった。早朝受け取ったメールに紙オムツを着けておけという命令と共に、秘書が登庁したらそう訊くようにとも書かれていたからだった。
 (そう言えば、ノーパンなのかと聞いたら物凄く驚いていたな。とすると、まさか・・・?)

花音

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