妄想小説
走る女 第二部
六十七
(あれっ・・・。)
バッグに入れておいた筈の携帯が外に出ていて、LEDランプが点滅している。立ち上げてみるとメールが一通着信している。添付画像があって開いてみて花音は心臓が止まりそうになる。
それは明らかに女性の剥き出しの性器を撮ったものだった。しかも陰毛が綺麗に剃り落されているのだ。
(こ、これって、私なの・・・。)
自分であることを示すものは何も無い。しかし、自分が恥毛を剃り落されて、同じ日に毛の無い陰部の写真が送りつけられるのは関連がないとは考えられなかった。
急いでメッセージを見る。
<外のトイレは施錠しないでおけ>
一行、ただそうあるだけだった。
(どういう意味だろう・・・?)
スマホをバッグに戻すと、もう一度管理人室に戻る。
「私、もう帰りますけど。あ、グランドの方はまだ施錠してないんですけど。」
「ああ、私がやっとくからいいよ。」
「あの、外トイレも・・・。」
「外トイレは最近は施錠しないんだ。散歩とかジョギングで来る人が夜遅くでも使いたいって要望があるんでね。」
「ああ、そうなんですか。じゃ、これで失礼します。」
そう言って管理事務所を後にした花音だった。
市庁舎館内に定時を告げるチャイムが鳴り響く。莉緒は市長室の扉を軽くノックする。
「それじゃわたしはこれで帰りますので。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。このシャツの下の縄を解いてくれないと。自分じゃ外せないんだよ。」
「あ、そうだったわね。」
そう言うと、市長の執務室に入って扉を内側からロックする。
「背広を脱いで、シャツは背中を捲り上げるだけでいいわ。」
権田が言われたとおりにシャツを捲り上げると、莉緒は背中の真ん中に作った最後の結び目だけを解く。
「あとは自分で出来るでしょ。縄はまた使うこともあるから大事にしまっておいてね。」
「あ、あの・・・。紙オムツはどうすればいいんだ。」
「ご自分で始末なさい。トイレの汚物入れにでも入れておけば?」
「掃除のおばさんに見つかって変に思われないかな?」
「じゃ、市長室からなるべく遠いトイレに行って捨ててくることね。明日は久々に花音ちゃんが来るそうよ。よかったわね」
そう言い放つと悠然と市長室を後にする莉緒なのだった。
花音は独り住まいのアパートに帰ってきていた。帰る前に送られてきた添付の画像が気になって仕方がないのだった。それを何度も取り出しては見ていたのだが、自分の姿のようでもあり、全然違う他人にも思えてくる。携帯を閉じて電源を切ろうとした時に、突然着信メロディが鳴る。再び電子メールだった。おそるおそる開くと今度は添付はなくメッセージのみだった。
<男子トイレの一番奥の個室に写真を貼り出した>
たったそれだけの文章だった。その時、帰り掛けに送られてきた電子メールのメッセージを思い出す。
(確か、外のトイレは施錠するなとか言うものだった筈・・・。)
そこまで思い出して、突然はっとする。時計をみると10時を過ぎていた。
花音のアパートから市営グランドまでは近いというほどではないが歩いて20分ほどの距離だ。勤め先の市役所よりは近いぐらいだった。虫の報せのようなものを感じて、花音は夜のグランドまで急いで行ってみることにしたのだった。
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