証拠写真

妄想小説


走る女 第二部


 五十二

 「こ、これは・・・。何だね、これは。」
 「ご覧のとおりのものです。あの市営グランドにはあちこちに防犯用の監視カメラが据え付けてあります。管理人室のトイレも同様です。実は西岡くんから重大なパワハラとセクハラがあったと訴えでがありまして、私が直々にご相談に参った次第です。」
 「な、な、な、何だと・・・。」
 手にした紙切れをぶるぶる身体を震わせながら凝視を続ける市長だった。
 「市長は任期があと一年を切っているかと思います。次の選挙も再選めざして出馬なさるおつもりでしょうか?」
 「き、君っ・・・。何を言っているんだ。ど、ど、どうしようというのだ・・・。」
 「ライバル候補となるだろうお方も存じ上げております。選挙を前にして、こういうのはどうかと思いまして。」
 「お、脅しているのか。き、君は・・・。目的は何だ。金か?」
 「失礼ながら、お金を当てにするほど財産はお持ちではないのでは?」
 「だったらなんだ。選挙に出るなといいたいのか。」
 「いや、いや。まあ、そう焦らないでください。なにもそんな理不尽な提案をしようとは思っておりません。」
 「て、提案・・・?」
 「ときに、市長の秘書さんはなかなかの美人ですね。あれは私設秘書・・・ですか?」
 「早乙女くんのことを言っておるのかね。あ、あれは・・・。実は有力有権者の娘でな。前の選挙の時に大分世話になった方なんだが、その娘が大学受験に失敗してな。私に就職口を何とかしてくれないかと頼まれたので秘書として雇うことにしたものだ。」
 「ほう? 市の職員・・・?」
 「い、いや・・・。臨時のアルバイトみたいなものだ。市長の権限なら、そのくらいの出費はなんとかなるもんなんだ。」
 「ほう、それはいいご身分ですな。実は私も私的に臨時のアルバイトを雇ってましてね。ただ、一介の市営グランドの管理人ぐらいでは私費でアルバイトなど雇えるものじゃありません。」
 「そのアルバイト費用を公費で捻出しろというのか。」
 「いや、それはついでです。そのくらいなら何とでもなると仰ったので。」
 「まだ何かしろと?」
 「なに。市長ならたやすいことですよ。」

 市長に要求を言い含めた後、市長室を出た蛭田は、廊下で書類を持って戻ってくる市長秘書の早乙女花音と出遭う。
 「もうご用件はお済みですか、蛭田さま。」
 「ああ、済みました。また今後ともよろしくお願いします。」
 「いえ、こちらこそまたお世話になる事もあるかと思いますのでその節は宜しくお願いします。」
 愛想よく応対する花音に軽く会釈して別れた蛭田は、後姿を再度振返って見つめるのだった。

 「市長、書類を頂いて参りました。今そこで蛭田さんと擦れ違いましたけど・・・。」
 「ああ、君か。うん。ご苦労さん。」
 「市長、大丈夫ですか。なんだかとてもお疲れの様子ですけど。」
 「ああ、いいんだ。ちょっと考えごとしたいんで一人にしておいてくれないか。」
 「承知しました。それでは後程。」
 市長の元気のなさに怪訝な顔で秘書の部屋に戻った花音だった。

 その一方で、上機嫌で鼻歌混じりで莉緒と合流した蛭田は、こちらも怪訝そうな顔の莉緒に向って話し始める。
 「君を臨時のアルバイトで雇うって件だが、無給になるかもしれんと言ってたが、ちゃんと給料を出す目処が立ったので安心してくれ。これで堂々とご主人にもアルバイトだと言えるようになるからな。」
 「そう・・・なのですか? で、わたしは一体何をすれば?」
 「それはおいおい説明するから。取り敢えず、もう便所掃除はしなくていいからな。代わりが見つかったので。」
 ますます意味不明の言葉を吐く蛭田なのだった。

花音

  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る