受付応対

妄想小説


走る女 第二部


 五十一

 「あ、市営グランドの蛭田さんですね。先日は大変、お世話になりました。受付の者から市長に面会されたいとの事ですが、アポイントは取っておられますか?」
 「いや、アポは取っていません。が、市営グランドの蛭田が西岡莉緒を連れて参上しましたとお伝え頂ければ、事情は分かると思いますので。」
 「ああ、そうですか。では、もう暫くお待ち頂けますか。只今、市長に確認して参りますので。」
 「お願いいたします、早乙女花音さん。」

市長

 「あの市長。先日、ゲートボール大会でお伺いした市営グランドの蛭田さんって方が面会にいらしてるんですが。アポはないそうです。」
 「ん? アポなしの面会。適当に言って断っておいてよ、花音ちゃん。」
 「はあ、分かりました。先方は、西岡莉緒さんて方をお連れしたと、そう言えば分かると・・・。」
 「え、今何て言った? 西岡・・・莉緒だって?」
 「はい、そう仰ってました。」
 「なら、最初からそう言いなさい。ああ、僕の方から来てくれるようお願いしたんだ。大丈夫。アポはあるようなもんだから、すぐこちらにご案内して。それからお茶もお出しして。」
 「承知しました。すぐに市長室までお連れします。」
 秘書から西岡莉緒が来たと聞いてすぐに相好を崩す市長の権田だった。

 コンコン。
 「市長、蛭田さまと西岡さまをお連れしました。」
 「ああ、こちらにお通しして。よくいらっしゃいました。さ、こちらの応接セットの方へどうぞ。」
 権田は早乙女花音のほうにお茶を出すように目配せする。
 秘書が市長室を出ていくと応接セットの長椅子に並んで座った蛭田と莉緒に、機嫌よさそうに挨拶する権田だった。
 「いや、この間はいろいろとお世話になりました。おかげさまで、ゲートボール主催者の自治会の方々からも散々お礼の言葉を頂きまして。ま、無事終えることが出来たのも蛭田さんの諸々のご協力あっての事です。ま、わざわざ蛭田さんまでお越し頂くとは恐縮です。」
 「ああ、こちらこそ。この西岡が私に同行してくれるよう是非にとまで言うもんですから。」
 「ああそうでしたか。いえ、何。気楽に訪ねて頂ければ良かったんですよ。私としては・・・。」
 その時、市長室の入り口がノックされる。
 「失礼します。お茶をお持ちしました。」

秘書お茶くみ

 「ああ、ありがとう。君はもういいから、市長室の扉に面会中って札を出しておいて、面会が終わるまで他の者は居れないように。あ、それから君ももういいから、この間頼んでおいた総務部の予算関係の資料、貰いに行って来て。まだ出来てなかったら、出来るまで向こうで待ってちゃんと貰ってから戻って来て。」
 「そうですか。承知しました。それでは私はこれで。」
 うやうやしくお辞儀すると秘書の早乙女が部屋を出ていく。秘書が出て行くのを待っていたかのように、市長の権田が切り出す。
 「いや、こんなに早くに来てくれるとは。決心してくれたんだね、僕の申し出を。」
 市長は蛭田ではなく莉緒の方に話しかけているのだが、莉緒は俯いたまま市長の顔を見ようともしない。
 「あの、権田市長。こいつはこんななんで、私が直接お話をしたほうが宜しいかと。な、西岡くん。君はもういいから、下で待っていてくれないか。」
 「えっ? 何を言ってるんだ、君。僕は西岡さんと話をしようと思っているんだよ。」
 権田は意味が分からないという顔をしながら蛭田の話を遮ろうとする。しかし莉緒はさっと立上って軽く二人に向かってお辞儀をすると部屋を出ていってしまう。
 「君、なんだ。失礼じゃないか。これは私と西岡さんとの話だよ。」
 「市長・・・。まずはこれをご覧ください。」
 蛭田はそう言って持参した封筒から一枚の書類を差し出す。

花音

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