妄想小説
走る女 第二部
六十一
声を挙げようとした瞬間に、背後の男からナイフが首元に突きつけられた。
ナイフの恐怖に声も出なくなり、ゆっくりと後ろを振り向くと顔をストッキングで覆面にした男が不気味な表情をして口に指を立てて当て、声を出すなと身振りで示しているのだった。震える身体で男に(わかった)と言うように首をちいさく振ると、男は羽交い絞めを解いた。
しかし相変わらず目の前に鋭く光るナイフが翳されているので、声もあげれない。膝ががくがく震えて走って逃げることも叶わなそうだった。
男は乱暴に花音の手首を取るとぐいっと回転させて捩じ上げる。
「い、痛っ・・・。」
ちいさな悲鳴が微かに喉元から洩れただけで、背中に回された腕を持ち上げられると、そのまま崩れるように床にしゃがみ込んでしまう。その花音の背中に男は馬乗りになる。ポケットに忍ばせていたらしいロープを取り出すと捩じった花音の手首に巻きつける。もう片方の手首も取られて後ろ手に縛りあげられてしまうのはあっと言う間だった。
花音を縛り上げて自由を奪うと男は一旦、花音の前に立ちあがる。顔の表情はストッキングの覆面でよく見えない。しかし手にしているナイフが下手な身動きをすれば身に危険が及ぶのは明らかだった。
男は花音の前に膝を突いてしゃがみこむと、また何かをお尻のポケットから取り出す。ビニルの袋に密閉された白い布のようなものを取り出すと、いきなり花音の口に当てる。
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