妄想小説
走る女 第二部
七十
全裸に後ろ手錠で首に巻かれた縄で天井付近から吊られた状態という格好で放置された花音は、次第に募って来る尿意と戦っていた。
トイレの個室で自分のすぐ目の前に便器があるにも関わらず、そこにしゃがむことは出来ないのだ。股間は多少近づけることが出来ても、便器の中に出すのは至難の技と思われた。男性なら勢いよく放出すれば殆どを便器の中に出すことが出来たかもしれない。しかし女性で立ったまま放尿するとなると、自分の前方に飛ばすなど、考えられないことなのだった。
個室内に繋がれてから悠に2時間以上は経過している筈だった。裸の腿を擦り合わせるようにして堪えていたが、限界が訪れるのは時間の問題だった。
(ああ、もう駄目っ・・・。)
一瞬、括約筋が緩んでしまい、つうっと一筋が内股を伝って流れ落ちると花音は観念した。
激しい奔流が滴り落ち、一部は前方の便器にまで届いていたが、大半は裸の太腿を伝って自分の足元に流れ落ちていったのだった。最後の一滴が落ちた後も自分の小水まみれの状態で水溜りの上に立たされそこから逃れることも出来ない堪え難い惨めさを花音は味わわされていた。
放尿を終えた後は、今度は睡魔との闘いになる。何度も寝落ちしかかり、首が締まることではっとして覚醒するのを繰り返していた。
男子トイレの扉が開かれる物音で花音が立ったまま寝てしまった状態から目を覚ました時には外はもう明るくなってきているようだった。足音が近づいてきて隣の個室に入ったらしかった。花音が隣の個室との間の壁を見ていると、上方の隙間から腕が伸びてくるのが見えた。その手の中には何かが握られているようだった。
次の瞬間にその手の中から何かが糸のようなものでぶら下げられる格好で降りてくるのが見えた。
(鍵だわ。この手錠の鍵・・・?)
手錠の鍵らしきものが花音の目の高さ辺りまで降りてきたところで、男は衝立の上で手を開いた。ポチャリという音と共に、鍵は便器の水の中に落ちて行ったのだった。
「あっ・・・。」
鍵は便器の溜まった水の奥に沈んでしまっていた。衝立の上の腕は何時の間にか見えなくなっていて、ごそごそと隣の個室で音がしたかと思ったら、衝立の向うから花音の首に繋がれた縄の反対側部分が束になってごそっと上方から落ちてきた。花音が首を動かしてみると、それまでピンと張られていた縄が緩んだようで、するすると首について縄を引くことが出来るようになったのが体感出来たのだった。それと同時に隣の個室の扉が開いて再び閉じられ、更には男子トイレの入り口の扉も開閉された気配を感じた。
花音ははっと気づいて首に縄を繋がれたまま便器の方にしゃがみ込む。そうするしかないのだと意を決して便器に背を向け手錠に繋がれた両手を便器の中に突っ込む。指で探っていてようやく便器の底の鍵を掴むことが出来た。背中で手探りなので、手錠の鍵が外れるまでかなりの時間が掛かってしまったが、漸く後ろ手の枷から自由になることが出来たのだった。首の縄を外して個室の扉をそおっと薄目に開けてみると、すぐ外に自分が脱いだ服をいれた黒い鞄が床に置かれているのが見えた。慌ててそれを個室内に引っ張り込むとまず個室を内側からロックする。中身を検めると、下着以外は残っているのがわかった。個室は小水の水溜りがまだ残っているので、隣の個室に移って残されていた服を急いで身に着ける。
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