逃げ帰る

妄想小説


走る女 第二部


  五十

 「君、待ちたまえっ。」
 制止しようとする市長の方を振り返らずに莉緒は廊下を走り、突然現れた管理人、蛭田の横をすり抜けていく。
 「どうか、しましたか。市長。」
 「あ、君か。いや、なんでもない。」
 市長はズボンのチャックをあげながら、何気ない風を装う。
 「なあ、君。今、走っていった娘、何て名前だ。」
 「はあ、あれは、西岡莉緒っていう子ですが・・・。」
 「市の正規職員じゃないよね。」
 「ええ、ただの臨時アルバイトですが・・・。それが何か?」
 「もし彼女が市長に相談したいことがあるって言ったら、何時でも訪ねて来なさいって伝えといてくれんかね。」
 「はあ、そうですか。承知しました。」
 蛭田は何がなんだか分からずにポカンとしている風を装う。しかし自分が計画した通りに事が運んだようなのを知って、内心でほくそ笑むのだった。

 「市長があんなことをするって分ってて私に掃除婦の真似をさせたんですか?」
 イベントが終わって市長と市長秘書が引き揚げ、グランドからもゲートボール大会参加者が皆帰ってしまった後、莉緒は蛭田に訊ねたのだった。
 「男子トイレにお前みたいな女がそんな短いワンピースみたいな作業着でしゃがんでいたら、男は普通ムラムラっとするもんさ。あの時、管理人室には殆ど人は居ないしな。」
 「それでこんな短い丈の作業着をきせて、男子用便器の前でしゃがむように言ったんですね。でも何だって、男子トイレの中で私を襲うようなことをさせたんです?」
 「監視カメラで撮るためさ。」
 「え、あんな所に監視カメラなんかありました?」
 「俺がちゃんと事前に取り付けておいたのさ。おかげでいい画が録れたぜ。ああ、今度一緒に市役所の市長室へ行くからそのつもりでいるんだぜ。」
 莉緒は男から聞いた言葉をまだちゃんとは理解出来ないでいた。
 (監視カメラ・・・。画像? 市長室へ一緒に行く? どういう事だろう・・・。)
 しかし自分自身がグランドでランニングパンツを下させられて防犯カメラで映像を録られたことを考えると、市長の弱みを握って何か脅しに使おうとしているらしいことは薄々感じるのだった。

花音

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