起立

妄想小説

ワンピースの女



 二十八

 優勝決定戦は大方の予想どおりの結果となり、それに引き続いて表彰式が執り行われることになった。最初に国家斉唱があり、貴子も他の観客たちと同様に桟敷席の中で起立する。
 (今のうちに逃げ出さなくちゃ。)
 貴子は素早く足元に置いたショールとショルダーバッグを取り上げる。しかしその二の腕が背後からがっしりとした手で掴まれる。
 「何処へ行くつもりだい、お嬢さん?」
 サングラスの男は既に貴子のすぐ後ろに居たのだった。男は貴子からショールとショルダーバッグを受け取ると傍らに置いたハイヒールを履くように顎で促す。
 靴を履いて桟敷席から出ると男は貴子の二の腕をしっかり掴んだまま引き寄せ、小声で貴子の耳元に囁く。
 「両手を背中に回しな。ショールは背中で持つんだ。」
 一瞬男の方を睨むように観た貴子だったが、言われた通りにする他なかった。
 背中に回した両手に男が手伝ってショールを掛けたと思った瞬間に、貴子の手首に冷たいものを感じる。ガチャリという聞き慣れない音と共に、貴子は手首に違和感を覚える。もう一度、ガチャリという音がして、貴子は背中で手錠を掛けられたのを悟った。
 「ううっ・・・。」
 抗議の声を挙げたいが周りにも気づかれたくなくて、小声で呻くしかなかった。男は貴子を拘束してしまうと、再び二の腕をしっかり掴んで花道の方へ引っ張っていく。
 「いいか。逃げようとしたらお前のそのマスクとスカートを剥ぎ取ってやるからな。そしたらどんな姿を晒すことになるか、よおく考えてみるんだな。」
 耳元で囁かれた言葉に貴子は戦慄を覚える。怯えた上目使いで顔を小さく横に振った貴子は、(逃げませんからそんな事はしないで)と訴えたつもりだった。そしてそれは男にも通じたようだった。
 ホールに出た時、貴子はちらっと女子トイレの方に目をやる。男もその視線に気づいたようだった。
 「おしっこがしたいのかい、お嬢さん?」
 詰るような男の問いに、貴子は恥ずかしさで下を俯いてしまう。
 「その様子じゃ、スカートの下にまわしを巻かれてからずっとトイレには行ってないんだろ。そろそろ行きたいよな。だが、まだ駄目だ。もう少し我慢しな。」
 男の非情な言葉に貴子は絶望感を味わう。

貴子

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