報告

妄想小説

ワンピースの女



 二

 貴子の棲む屋敷は、元は生まれ育った貴子の両親の家だった。いや、家だった筈だ。少なくとも貴子の幼少期の記憶では。幼年期に両親を次々と亡くし、思春期の頃には今の家の主である玉造源蔵に養育されて育つ立場である事を、幼い頃からの乳母代わりに育ててくれた召使のキヨから教えられた。既に貴子は財産を持たない無一文の天涯孤独な身の上で、養われている源蔵に追い出されたら行く宛も持たない源蔵の囲われ者という立場なのだと自分の境遇を知らされたのだった。だから家の中で源蔵のひと言は絶対的な意味を持っていて、源蔵が言うことであれば全て従わねばならないのだった。
 そのような立場になった経緯について、召使のキヨは何か隠している風があったが、貴子には決してその点について触れることがなかった。そうせねばならない何かの関係が源蔵とキヨの間にもあるのではと、貴子は心の隅で思っていた。
 幼い頃から母親に手ほどきを受けていた華道と茶道については今では師範の資格も持っていたが、源蔵は弟子を採ることを赦さず、従って貴子には自立して生きる術も与えられなかったのだった。
 同居している、というよりは今では家の主である玉造源蔵は、壮年期まではかなり精力もう旺盛だったらしいのだが、今では持病の肝臓の病ですっかり衰え、自力では自らの性欲を満たすことは叶わなくなっている。そのせいもあって性に対する執着は人一倍強く、自らが囲うようにしている貴子を世間から隔離して独り占めし嗜虐的に懲らしめることで異常とも言える性欲を満足させているのだった。

 観戦から戻ってきた貴子は早速源蔵の元へ呼ばれた。
 「で、どうだったのだ。初日の感想は。存分に愉しめたか?」
 「わたくしが相撲を好きでないのはご存じの筈です。愉しめる筈はありませんわ。」
 「そうか。あそこに座らされるのは辛かったか。」
 「正座することはお花や茶道で慣れております。しかし、周りからの視線はおぞましい気持ちにさせられました。」
 「ふふふ。正直だな。しかしそれが目的で往かせたのだからな。あの場を立ったりはしなかっただろうな。」
 「全てテレビでご覧になっていたのではありませんか。」
 「よくわかっているようだな。あの席は1分と経たずに映される場所だからな。しかし、もう少し相撲を愉しんでいる振りぐらいはしておいたほうがいいのではないかな。でないと、益々好奇な目で見られることになるからな。」
 「そんなに不愉快そうに見えたのでしょうか。」
 「何せ力士がどんな素晴らしい立ちあいをみせようが、視線一つ変えないのだからな。誰の目にも相撲を愉しみに来ているようにはみえまい。」
 「愉しくも無いものを振りだけしてみても、すぐに見抜かれてしまいますわ。」
 「それもそうだな。まあ愛想がわりの拍手ぐらいはするがいい。但し、姿勢は崩してはならんぞ。仕置きなのだからな。」
 「いったい何の為のお仕置きなのでしょうか?」
 「儂に忠誠を尽くすことへの嫌悪の念を抱いたことへのだ。」
 「いつも何の文句も言わずにお尽くし申し上げているではありませんか。」
 「心の底からか?」
 「・・・。」
 「まあ、よい。時に男の裸をあれだけ間近にみて、少しは興奮したであろうが?」
 「興奮など致しません。相撲の力士が裸であるのは大昔からのならわしでしょう。」
 「所詮、お前にとっては力士の裸とまわし姿など他人事でしかないからだろう。それでは面白くないからな。お前にももっと力士たちに親近感を持って貰おうと思っておる。」
 「どういう意味でしょうか?」
 「それは明日になればわかる。明日の観戦を愉しみにしておれ。」
 貴子にはこの時はまだ、怯える貴子の表情に相好を崩す源蔵の真意が判っていなかった。

貴子

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