裏庭

妄想小説

尼僧院物語



 八

 明くる朝も目覚めた涼馬は普通にベッドに戻っていることに気づいた。朝食を持ってやってきたマリアも何事もなかったかのように普通に振る舞っている。しかし涼馬は昨晩と一昨晩の出来事は夢まぼろしなんかでは無かったことを確信していた。
 「ねえ、マリアさん。お願いがあるんだけど。」
 「え、何ですか?」
 「朝食が終わったら、もう一度だけ外に出てみたいんだ。修道院の中は入っちゃいけないのは判ったので、裏の庭のほうだったらどうかな。外の空気が吸いたいんだ。」
 「え? どうしようかしら。僧院長様から修道院の中を歩き回らせてはならないとは言われているけど、外まで駄目とは言われてないからなあ。そうだわ。納屋に元の僧院長が使っていたという車椅子がまだあった筈だわ。あれを使えば少しだけ外の空気を吸いに行けるかもしれないわ。ちょっと待ってて貰える?」
 そう言うと、マリアは涼馬を残して部屋を出ていった。

 マリアが持ってきた車椅子は大分古びてはいたが、ちゃんと使えるものだった。マリアに助けて貰ってその車椅子に乗り込むと、マリアが後ろから押して修道院の離れを出て二人で裏庭のほうへ向かう。
 「やっぱり外の空気は気持ちがいいね。久々に晴れ晴れした気分だ。」
 「よかったですね。ずっと同じ部屋に篭りっきりじゃ気が滅入りますものね。」
 涼馬はマリアに押されて渡り廊下から教誨室と呼ばれているらしい地下牢みたいな部屋の入り口を通り過ぎ、修道院の建屋から離れて森のほうへ向かってゆく。修道院の外観は最初に辿り着いた夜は真っ暗闇に近かったので殆ど記憶になかった。裏庭を横切って森の入り口付近まで来て、初めてその外観を眺める。ヨーロッパの古い古城のような形をしている。大きな石造りの建屋の先に突き出た部分があって、そこがどうも礼拝所らしかった。
 「ねえ、もうちょっと森の中に入ってみようよ。」
 「じゃ、もうちょっとだけ。」
 マリアは車椅子を押して、木立の中へ涼馬を連れ込む。正式に許可を貰った訳ではないので、他の修道女たちに見つからないか不安だったのだ。木立の中に入れば誰かに見咎められる惧れは無くなるだろうと思ったのだ。
 「ちょっと止めてっ。」
 涼馬がそう頼むとマリアは車椅子を押すのを止めて車止めを掛ける。マリアが二つ目の車止めに手を掛けようと屈んだ一瞬を涼馬は逃さなかった。いきなりマリアの腰に抱きつくと自分の身体ごと草の上に一緒に倒れ込む。
 「あっ、何なさるの・・・。」
 草の上でマリアの腰をしっかり抱きかかえたままで転がってマリアの上に乗っかるとさっと手を伸ばしてマリアの両手首を掴むと羽交い絞めにする。

押し倒され

 「だ、駄目よっ。こんな事して。」
 大声を出せないマリアが涼馬にだけ聞こえるような細い声で訴える。顔のすぐ近くに涼馬の顔があった。涼馬は両手首を抑え込んで身動き出来ないマリアの唇を奪う。いきなりキスをされて、もがいて逃れようとしていたマリアも唇を合わせることの甘美さに酔いしれて力が出なくなる。目を瞑って自分から唇を突きだしていた。
 マリアがじっとし始めたのを悟った涼馬は片方の手首から手を離して、マリアの尼僧服の裾を探る。涼馬の手がマリアの温かい肌に触れる。その瞬間に、マリアははっと気づいて涼馬の身体を突き放す。
 「いけないわ。こんな事・・・。」
 慌てて身繕いを整え直して立上るマリアだった。
 「ごめん。つい、我慢が出来なくなったんだ。赦してほしい。」
 マリアは倒れた車椅子から投げ出されて目の前に倒れたままの涼馬を放っておくことも出来ずに逡巡していたが、やがて我に返ったように車椅子を立上げ涼馬に手を伸ばして再度車椅子の上に乗るのを手伝う。
 「もう、あんな悪戯をしてはいけなくってよ。今度したらもう放り出すんだから。」
 「ああ、わかったよ。もうしないって。」
 涼馬は反省して殊勝な素振りをマリアに見せる。マリアは涼馬を離れに連れ戻すことにした。辺りを窺いながら修道院の裏庭の広いところを通り抜ける。

tbc
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