立ち聞き

妄想小説

尼僧院物語



 二十五

 夜明け前に僧院長は長老と呼ばれる高齢の幹部たちだけを僧院長室に集めていた。戒めを解かれたマリアは自室に篭もっているように命じられた。しかし嫌な予感を感じていたマリアは言い付けを守らずこっそりと僧院長室の扉の外に立って中の様子を窺っていたのだった。
 「拙い事になりました。あの若者に知られてはならないこの尼僧院の秘密を知られてしまったようです。」
 「どうなさるおつもりですか、僧院長?」
 「何とか口を封じなければなりません。今はあの男を眠らせているので、目を覚ます前に処置をせねばなりません。」
 「処置? それは・・・?」
 「生かしておく訳にはゆきません。まずは地下の教誨室に閉じ込めるのです。そして準備が整ったところで始末しましょう。」

 外で聴き耳を立てていたマリアは(処置)、(生かしておく訳には)、(始末)という言葉を聞いて蒼くなる。老僧たちが部屋を出る気配を感じたマリアは急いでその場を立ち去り、自室に逃げ戻ったのだった。
 (どうしよう。このままでは涼馬さまは殺されてしまうかもしれない。)
 不安はどんどん募っていく。いても立ってもいられないマリアはこっそり涼馬が使っていた離れの部屋へ行ってみることにする。自分が盗み聞きをした事を他の誰にも知られてはならないと思ったので、誰にもみつからないように細心の注意を払って自分の部屋から離れに向かったのだった。
 マリアが案じた通り、離れの元下男の部屋は空っぽだった。
 (そうなると、連れていかれたのは教誨室しかありえないわ。どうしたらいのだろう・・・。)
 マリアは何とか涼馬を逃がす手立てはないものかと知恵を絞っていた。

 外が明るくなった頃、マリアは僧院長から僧院長室へ来るように伝言を受けた。
 「マリアが参りました。」
 「マリアなのね。入りなさい。」
 「はい、ただいま。」
 マリアが僧院長室にはいると、僧院長は難しい顔をしてマリアを見つめる。
 「マリア、あなた秘密を守れますか?」
 「はい、僧院長が仰るのならどんな秘密でも。」
 「そう、ならば朝食を運んで貰いたいの。いつものあの男のところへよ。但し、あの男が居るのは離れではなくて、地下の教誨室です。何故教誨室なのかは訊いてはなりませんよ。」
 「そ、そうなのですか。」
 「朝食は厨房へ行けば副僧院長が渡してくれます。その盆を持って教誨室まで届けるのです。教誨室には普段は閉めていない鉄格子の扉と閂を掛ける木の扉があるのは知っていますね。今は鉄格子の扉も鍵が掛かっています。この鍵束を持っていきなさい。一番大きな鍵が鉄格子の鍵です。二つの扉を開けて中に入ったら、渡された盆を男がぎりぎり届く位の場所に置くのです。そして一旦外に出て、食べ終わった頃を見計らってもう一度入ってちゃんと食べたかどうかを確認してから鍵を掛けて報告に戻っていらっしゃい。いいですね。男に必要以上に近寄ってはなりませんよ。」
 「わ、わかりました。僧院長様。」
 マリアは渡された鍵束を受け取ると腰紐に結び付ける。教誨室には様々な道具があって、それぞれに鍵が掛かるようになっているので、教誨室用の鍵束はずっしりと重い。マリア自身は教誨室で反省させられたことはなかったが、一度だけ反省の為に入っていた修道女を解放してやりに行ったことがあった。その時も鍵束を預かって向かったのを思い出していた。
 厨房ではマリアが到着するのを待っていたようだ。副僧院長のドロテアがマリアが来るなり朝食の載った盆を渡してくれる。説明はおろか、ひと言も発せず只渡されたのだった。

tbc
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