妄想小説
尼僧院物語
三十
僧院長は毎日のように新聞をチェックしては、修道院の近くの沢や下流の川で遭難者や溺れた死体があがっていないか入念に調べていたのだが、それらしき記事に出遭うことはなかった。また修道院を告発するような記事も同じ様に見つかってはいない。
僧院長はマリアに男の所属している大学を聞いていないか何度も問い質したのだが、マリアは聞いていないの一点張りだった。そうなると男の消息を調べる手立ては僧院長には何もないのだった。
僧院長は次第に男は沢で溺れ、流されて海にまで至ったのではないかと思い始めていた。
涼馬と琢己が辿り着いた修道院の鉄製の門は硬く閉ざされていた。涼馬が門柱に据えられている呼び鈴のボタンを押そうとすると琢己がそれを止める。
「駄目だよ。お前の話が本当だとすると、すんなり入れて呉れる訳がない。」
「じゃ、どうするんだ?」
「忍び込むのさ。それしかない。」
「そんな事して、いいのか?」
「じゃあ、このまま帰るかい?」
そういう訳にはゆかないと涼馬は思った。どうしてもマリアにもう一度会って話をしたかったのだ。確かに琢己が言うように訪問を告げたとしても僧院長がマリアに逢わせては呉れない気がした。そうなると忍び込んでマリアを探し出すしか方法はないのだ。
「いや、判った。忍び込んでみよう。でも無理はするな。」
「それはお互い様さ。」
固く閉ざされた鉄の門の両側は頑丈そうな柵が張り巡らされていた。それも攀じ登れそうな高さではなかった。
「どう思う?」
「ふうむ。そうだな。確か僧院の裏庭に出た時、その先には森があって、その辺りにはこんな柵は無かったと思う。きっとこの柵は道路に面した一部だけなんじゃないだろうか。」
「なるほどな。じゃ、柵にそって藪に踏み入ってみるか。」
二人が道の無い藪に踏み入ると暫くして予想どおり柵は途切れていた。そこから難なく修道院の敷地らしき場所に踏み入れることが出来たのだった。そこは涼馬は初めてマリアの唇を奪った場所に違いなかった。すぐ先に修道院の裏庭が見える。
「お前、そのマリアって娘とキスぐらいはしたんだろ。」
「えっ・・・。」
「すぐ否定しないところをみると、したんだな。」
「いや、それは・・・。」
「セックスもしたのか?」
「ま、まさか。相手は修道女だぞ。」
「じゃあ、処女ってわけだ。」
「おい、変な想像するなよ。」
「ははあ、あれがお前が収容されてた離れってやつだな。マリアの部屋は二階の東の一番端だったって言ってたよな。」
「ああ、行ったことはないが確かそう言ってた。」
「それと教誨室って地下牢みたいな場所があるって言ってたよな。まずはそこへ行ってみようか。」
「ああ、そこならちゃんと場所を知ってる。こっちだ。」
教誨室と呼ばれた地下室は、最初に涼馬が独りで探索に出た際に行った場所であり、二度目に連れ込まれた時は意識がなかったが、マリアに助け出された時には意識があったのではっきり憶えている場所だった。
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