着物M嬢誘い

悪夢の前夜祭


 第三部



 八十一

 菜々子がM‘sと名付けられたその店で、客を取らされるのはもう既に三回目のことだった。最初から縛られていることもあるし、客に縛って貰う場合もあった。しかし客がしたいことを拒むことは許されていないのだった。キャストと呼ばれる菜々子のような客を相手にさせられる女性は他にも大勢居るらしかったが、キャスト同士は出遭うことがないので、何人居るのかさえ知らされていない。立場は只の売春婦より更に屈辱的で、男にいたぶられることを悦びにしている女を演じさせられるのだった。客の好みによっては嫌がったり、恥ずかしがったりすることまで演じなければならないが、それでも抗うことは許されず最後は男に屈して好きなように犯されねばならないのだ。他のキャストの場合は分からないのだが、菜々子には報酬は一切無い。ただ教え子の流出させてはならないビデオ映像を世に出さないという約束を守って貰うことだけなのだ。
 衣装はその日、その日で客の好みに従って変えさせられたが、三度目のその日は和服を緩く纏っているだけだった。顔は知られると秘密が守られなくなるということで目隠しで蔽われるか仮面を付けることを強要されるのだが、その日は目隠しではなく、SMプレイで使われる両端の尖った仮面だった。最初は縛られてはいないものの客が来次第、備え付けの縄で縛られるのは間違いなかった。
 扉が開いて客が入ってくる気配に、着物の裾を肌蹴けさせながら逃げる振りをする。逃げるといっても部屋の奥まで行くことしか出来ないのだが、そこで仮面を付けた顔で振り返って目にした客の顔を見て、菜々子は凍り付く。いつかはそういう事態に陥るのではと密かに怖れていたことではあったが、こともあろうにそれは自分の勤め先である西湘高校の校長の姿だったのだ。
 咄嗟に声を出してはならないことを自覚する。仮面のせいで向こうは自分が誰か分からない筈だが、声を出してしまえば気づかれる恐れが十分にあった。
 「ふふふ。お前が相手になってくれるか。たしかに好みのタイプだな。」
 内心、田山は女の身体つきから勤め先の生徒会顧問をやっている松下教諭を思い浮かべる。
 (あの松下菜々子の雰囲気があるな。一度あの菜々子を犯してみたかったんだ。この女を菜々子だと思って犯すのも一興だな。)
 そんな事を考えながらテーブルの上の縄を取り上げる。
 「縛って欲しいのだろう。いま望みどおり縛ってやるからな。」
 そう言って女の方に近づいていく。女は嫌っとばかりに首を振って一歩でも遠くへ逃れようと後ずさりする。その女を逃がさんぞとばかりに手首を捉えると捩じり上げて自分の方へ引き寄せる。女は声を挙げずに、ただ首を振って赦しを請う仕草を続けるのだった。
 あっという間に後ろ手に縛り付けられてしまうと柱を背に着物の前を肌蹴けさせられてしまう。

高野恭子顔

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