悪夢の前夜祭
第三部
六十四
鬼頭医師からはカウンセリングを行う診療室として続き部屋二室からなる診療室を要望してきていた。そのうちの一つは防音になっていることという注文まであった。(そんな部屋が学校にある訳ないじゃない)と一旦は思った菜々子だったが、かつて放送室として使われていた部屋がアナウンサ室と機械室の二間続きになっていて、アナウンサ室は防音壁が全面に施されていることを思い出したのだった。昔の放送設備は性能が悪くて雑音を拾いやすく、放送室は防音壁を使うのが常識だったが、放送設備が進化して指向性がしっかりしたマイクを使えるようになったおかげで、もはや防音設備は不要の時代になっていた。古い放送室は窓が無く閉塞感があるので、今では窓のある明るい部屋が放送室として使われていて、古い放送室は空き部屋の筈だった。そこを整理整頓して鬼頭医師のカウンセリングルームに改造することにした。
続き部屋二室には、被験者のプライバシーを守る為に内側から掛けられるロックを準備するよう言われていて、古い放送室にはそれが無かったので用務整備員に行って後付けで取り付けて貰っていた。
準備が整ったところで、菜々子は東高の朱美を訪ねたのだった。
「診察室としてカウンセリングに使って頂く部屋は申し受けた仕様に整えさせて頂きました。先生が使う机と椅子は搬入してありますが、ベッドは持込になると伺ったので用意してありませんが。」
「ああ、それならこちらから後程送り付けますので、カウンセリングを行う奥の部屋の方に搬入しておいてね。」
今では敬語を使うのは菜々子の方で、朱美はため口を使うのが当たり前になっていて、二人の間の上下関係を象徴していた。もう朱美に何を言われても有無を言うことも許されず黙って従うしかない菜々子なのだった。
「最初にカウンセリング対象になっている早乙女玲子には話をしてあるのね。」
「はい。私のほうから直接、診察を受けるよう日時を言ってあります。指示どおり、学校方針だからカウンセリングを受けるのは任意ではなく、必須なのだと言い置いてあります。」
菜々子は学校に出てこない日が多い玲子に直接電話してカウンセリングを受けるよう説得した時のことを思い出す。
「だからこれは校長が決定したことなの。欠席日数が多い順番にカウンセリングを受けて貰うことになったの。だから受けたい、受けたくないじゃなくて、学校側が求めている就業条件なの。わかった?」
頭ごなしにカウンセリングを受けなければならないのだと諭したのだが、本当は校長が決めたことでも学校側からの就業条件でも何でもなく、菜々子は朱美から言われたとおりを喋ったに過ぎない。それが理不尽なこととは分かっていても、もはや菜々子には逆らうことは出来ないからだった。
次へ 先頭へ