ベッド上覚醒前

悪夢の前夜祭


 第三部



 六十八

 「うーん。」
 「おや、目が覚めたようだね。」
 医師の声に眠り込んでいたことに気づいた玲子はベッドから身を起こす。
 「私、眠り込んでいたんですね。」
 「ああ、精神安定剤はときとして、否、人によっては効きすぎて眠気を起こしてしまうことがあるんだ。どうかね、気分は?」
 「なんだか凄くだるいような気もするんですが、なんかすっきりしたような気もします。自分の身体から何か毒素が抜けたような・・・。」
 「多分それは錯覚で、単によく眠れたということだけだろう。まだコンピュータの解析は細かいところまでは出ていないが、もう少し経過観察が必要そうだ。三日後にもう一度来れるかな。」
 「ええ、大丈夫だと思います。先生。いろいろありがとうございます。カウンセリングを受けてみて、少し元気になったような気がします。」
 「そうか。じゃ、無理しないように。三日後に。」
 「はい、失礼します。」
 早乙女玲子が出ていってしまってから、鬼頭医師は思いのほか順調に進んだと満足げに微笑むのだった。
 菜々子はちょうど鬼頭医師にあてがった旧放送室で急拵えに作った診察室から出てきたばかりの早乙女玲子に廊下で偶然出遭う。
 「あ、玲子さん。カウンセリング、終わったの?」
 「ええ、松下先生。今ちょうど終わったところです。」
 「で、どうだった。カウンセリングは?」
 「ええ。勇気を出してカウンセリング受けてみて良かったです。何か胸に痞えていたものが取れたみたいで、少し元気になりました。」
 菜々子は玲子の表情にも以前の元気が少し戻ってきたような気がした。
 「三日後にもまだ続きのカウンセリングがあるんですけれど、それもちゃんと受けてみることにしました。」
 「そう。それは良かったわ。ただ、無理はしないでね。」
 そう言うと、歩み去る玲子の背中を見送る菜々子だった。
 「あの分なら、カウンセリングの次の候補の水泳部キャプテンの高野恭子にもいい影響があるかもしれないわ。」
 菜々子は高野恭子にもカウンセリングを薦めることに自信を深めたのだった。

 「あ、松下先生。これが届いていましたけど。」
 職員室に戻ってきた菜々子に茶色の封筒を差し出してきたのは、如月美月にDVDの入った封筒を届けた事務の女性職員だった。
 「どうして私に・・・?」
 封筒には普通の郵便のように切手も貼ってなければ宛先も書かれていない。
 「あ、裏に松下菜々子様、親展って。」
 菜々子が封筒をひっくり返してみると、普通は差出人の名前を書くところにそう書いてあるのが分かった。
 「学校のポストに誰かが入れていったみたいですね。郵便配達人からじゃなさそうです。」
 「そう・・・ですね。でもこう書いてあるから私宛なんでしょうね。」
 そう言いながら封筒を受け取って封を開ける為に抽斗からペーパーナイフを取り出す。なんとなく嵩張った封筒は手紙だけを入れたものではなさそうだった。
 「えっ、これっ・・・。」
 菜々子が封筒の中から取り出したのは女性物のパンティだった。菜々子もそれが交換授業で東高の教室で如月美月が脱ぐことを強要されたショーツだとは思いもしないのだった。
 封筒の中には一枚の紙きれが入っていた。そこには(これは校内で見つけた落とし物です)とだけ記されているのだった。
 女子生徒のものにも見えなくはないが、何処となく大人用にも思われる。ものがものだけに、迂闊に誰のものですかと掲示でもして持ち主の申し出を募るという訳にもゆかない。かと言って、廃棄してしまえばいいという訳にもゆかない。取り敢えず菜々子は自分の職員室の机の抽斗にしまっておくことにしたのだった。

高野恭子顔

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