狙われた弓道部長 麗華
一
「おい、ちょっと待てよ。お前、真行寺麗華だよな。」
突然背後から声を掛けられた麗華が振り向くと、何処かでみたことはあるものの名前も知らない男子生徒が立っていた。
「わたし? どなたでしたっけ。」
「俺のこと、知らないのか。大抵の女は知ってるんだけどな。氷川裕也っていうんだ。」
「私に何か用ですか?」
「お前、俺と付き合ってくれないか?」
あまりに唐突な氷川の言葉に麗華は首を傾げる。
「付き合うって、どこかに一緒に行って欲しいっていうことですか?」
「ちげーよ。男と女の付き合いをしないかって言ってるんだ。」
「男と女の・・・? あの、わたし。今のところ男性には興味ありません。」
「男に興味がない? お前、いい歳して恋人の一人も居ないんじゃないのか?」
「私には恋人なんか必要ありません。強いて言えば私にとって恋人のようなものは弓道しかないんです。」
「弓道・・・? あの弓道部の弓道かよ。色っぽくねえなあ。そんなのより、俺と遊ばないか?」
「武道場へ急いでいるので失礼します。」
麗華はきっぱりと言い切ると、踵を返して武道場へ向けて歩き出す。
「おい、ちょっと待てよ。麗華・・・。」
あっさり振られた氷川裕也を少し離れたところから見ていた男が居た。真行寺麗華の隠れファンで、こっそりと後をつけていた磯部睦男だった。
(氷川裕也が麗華に振られた・・・。あんな男でもふられちゃうんだ。やっぱり俺なんかじゃ絶対無理なんだな・・・。)
氷川裕也が女子生徒の間でとても人気があるのは睦男もよく知っていた。ちょっと不良っぽい感じが女心をくすぐるのだ。それに男前でもあった。それに引きかえ睦男は学校一冴えない男と言われていた。背も氷川のように高くないし、小太りで女子たちからはチビデフとまで呼ばれていた。
(やっぱり真行寺さんは心の中で憧れているしかないんだな、俺には・・・。)
そう心に呟くと、氷川裕也に気づかれないようにこっそりと麗華の後を追って武道場の中が覗ける小窓のある裏手に向かうのだった。
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