悪夢の前夜祭
第二部
四十六
水泳部の部室の場所は何度か近隣の高校対抗の競技会で訪れたことがあって場所はよく知っていた。北側の昇降口からまっすぐに廊下を進んで突き当りにプールへ出る渡り廊下があって、その手前が水泳部の部室だった。
部室には明かりが灯っていない。薄暗がりの水泳部部室の扉を開けて一歩中に踏み込んだ途端、宮崎久美子に向けて強烈な光が当てられた。
「うっ、眩しいっ。」
思わず片腕を目の前に翳してぎらつくライトの光を避ける。どうやら入り口に向けてスポットライトが用意されていたようだった。
逆光になってよく見えないが、腕の陰から水泳部部室の奥を窺うと二人の女子生徒らしき姿があることが分かる。
「この間の文化祭前夜の時の二人ね。貴方たちなのでしょう、このビデオを送り付けてきたのは。」
受け取ったDVDのパッケージを光に向けながらそう久美子は言い切る。
「ええ、そうよ。宮崎先生。でも作ったのは私達じゃなくて、その道のプロ。」
「い、いったいどういうつもりなの。こんな事して。これは明らかに犯罪よ。」
「先生。それはそれが世間に出回った場合の話でしょ。」
「出回った場合・・・? じゃ、このDVDは出回らせないでおくという事?」
「先生の心掛け次第でね。先生だって、大事な教え子の事。守りたいでしょ?」
「ど、どういう事・・・?」
「先生。あの後、高野恭子とは話せたの? 文化祭の後の職員会議の反省会では何か話題になった?」
「え、そ、それは・・・。」
東高の二人の女子生徒は痛い所を突いてきたと久美子は思った。
「先生。宮崎久美子先生。」
二人は貴方の事は何でも知ってるのよとばかりにフルネームの名前で久美子を呼ぶ。
「あ、貴方たち・・・。」
久美子は思ってもみなかった状況に狼狽える。
「先生は、恭子って水泳部キャプテンが男たちに凌辱されるの、ずっと見てたのよね。でもそのことは、キャプテンにも職員室の他の先生たちにも内緒にしてたのよね。それって拙くない?」
「だ、だって・・・。」
(あの時は縛られて拘束されていたから)と言おうとして、(ならば職員会議の時にそう話せばよかったではないか)という言い分もあるのだと気づいた。
「先生は、高野恭子を守る為に黙っていたって言いたいんでしょうけれど、それって結局自分を守っただけじゃない?」
「そ、そんな事はないわ。」
「じゃ、本当に自分を犠牲にしてもあの恭子って娘を守れる?」
「ま、守るわ。あの子のあんな姿をビデオで晒すなんて絶対阻止するわ。」
「へえっ。どうやって?」
「どうやってって・・・。」
そう言われてみて初めて、久美子は自分には何らそんな術がないことに気づくのだった。
「そのDVDは、私が知ってる裏社会のその道のプロが握っているの。それを流出させない為には、私達に先生がお願いするしかないのよ。」
「お願いって・・・。私が貴方たちにお願いすれば止めてくれるのね。」
「ふふふ。それはお願いの仕方次第ってことかしら。」
「え、ど、どうすればいいの。先生に教えてっ。」
「先生の癖にお願いの仕方もわからないの? そんな居丈高な物言いをしてたら誰もお願いなんて聞いてくれないわよ。」
「居丈高ですって・・・。ああ、そうね。言い方がよくなかったわ。ねえ、お願い。いえ、お願いします。どうかあのビデオを返してください。」
「そんな心にもない言い方したって駄目よ。まずは土下座をして頭を下げるのよ。そうね。ただの土下座じゃあ気持ちがこもらないわね。そこに全裸になって土下座するのよ。」
「え、全裸って・・・。わ、わたしに服を脱げって言うの?」
「先生ったら。全裸の意味を知らないの? ブラジャーもパンティも着けてないすっぽんぽんの格好を全裸っていうの。知らなかった?」
「そ、そんな・・・。」
ついさっき(ビデオが流出するのを絶対に阻止する)と言い切っているだけに、二の句が継げなかった。
「わ、わかったわ。」
久美子は子供だと思っていた女子生徒二人を前にして、完全に屈服するしかないことを思い知らされたのだった。唇を噛みしめて悔しさを堪えながら自分のブラウスのボタンに手を掛けたのだった。
目の前で一枚、一枚、服を脱いでいく女教師に悦子がしっかりとスポットライトの明かりを当て直す。闇夜の中で自分の白い肌が明るく照らし出されると、久美子はストリッパーにでもされた気持ちだった。
ブラとショーツだけになったところで、さすがに手が止まる。しかしあの夜、今のこの格好にされて縛られて吊るされていたことを思い出す。
(あの時も同じ格好にされたんだったわ。あの時はそこまでだった。しかし自分の目の前で教え子の高野恭子はどんどん裸に剥かれていって、何人もの男子に凌辱されたのだった。自分はただそれをずっと見ていただけだった。ブラもパンティも剝がされることもなく・・・。)
「ああ、脱ぐわ。いま、全部脱ぎます。」
そう口にして勢いをつけると、背中に両手を回してブラのホックを外し、腰骨のところでショーツの端を掴むと一気に踝まで引き下ろす。
露わになった乳房と股間の茂みを手で隠したいのを堪えて、膝を床に突くと両手も床に三つ指を突くように手を降ろすと頭を深々と下げる。
次へ 先頭へ