カラオケボックス脅し

悪夢の前夜祭


 第二部



 三十一

 フロントに言われてノックをして入った菜々子を出迎えたのはカラオケボックスの一室でソファにふんぞり返って座っている朱美と悦子の二人だった。
 「あら、菜々子先生。よく来たわね。」
 「よく来たって、貴方達。自分達が何をしたか分かっているの?」
 菜々子は怒りに身体がぶるぶる震えるのを感じた。
 「私達が何をしたかって? 何の事を仰ってるのかしらね。」
 「何をとぼけているの。水野美保さんをあんな目に遭わせておいて。」
 「えっ? 先生。何か勘違いされているようだけれど、水野さんを襲ったのは私達じゃないわよ。先生もその現場、ご覧になってたでしょ。」
 「そ、それは・・・。そうだけど。でも、貴方達が仕組んだのでしょ?」
 「あら、先生。あの晩、運動部のキャプテン達を呼び出したのは水野さん本人なのよ。水野さんからそう聞いてない?」
 「え、水野さんが・・・? 運動部のキャプテン達って、あの晩凌辱されたのは水野さん以外にも居るのね。」
 「さあね。呼び出しを実際にした水野さんに訊いてみたら。」
 菜々子はスマホで縛られて吊られている水野美保の動画を見ていた時に、校内放送でテニス部キャプテンの早乙女玲子の名前を聞いたような気がしたのを思い出した。その時は何を言っているのか理解出来なかったのだが、その暫く後になって美保の元へ二人の男がやってきたのだった。
 「テニス部の早乙女玲子さんも居たのでしょ?」
 「さあ、知らないわ。水野さんに訊いてみたらいいじゃないの。ああ、もしかしてもう訊いてみたけど、あの晩のことは何も話したくないって言われたんでしょう。」
 菜々子は図星を突かれて言葉を失う。
 「先生。もしかして、先生は何の証拠も無しに私たちの事、首謀者みたいに言い掛かりをつけているのではなくって?」
 「え、証拠・・・? そ、それは・・・。」
 朱美に証拠と言われてぐうの音も出ない。
 「先生。まだご自分の立場がよくわかってないようだから教えてあげるけど、先生には証拠は何もないでしょうけれど、私達は持っているのよ。」
 「な、何を持っているというの・・・?」
 「動画よ。その道の裏の業者がとても高値で買ってくれそうな動画。」
 「え、何ですって。」
 菜々子はその時気づいたのだった。スマホで凌辱の中継を動画で見せられていたということは、その動画を録画することだって出来た筈なのだという事を。
 「だ、駄目よ。裏の業者に売るだなんて・・・。そんな事、絶対にさせないわ。」
 「あら、どうやって? そんな手立て、先生にあるの? 家宅捜索でもするつもり? 何の証拠も持ってないくせに、私達を犯人みたいな言い掛かりをつけて?」
 朱美等の言うとおりだった。菜々子には二人がどんな動画を持っているかすら知らされていないのだ。自分には何の証拠も持っていないのに、この女子生徒等は決定的なものを握っているようなのだ。菜々子は梅田陽子が(気をつけたほうがいい)と言ってた本当の意味がようやく分かってきたことを悟った。完全に見くびっていたのだと思い知らされたのだった。
 「でも、先生にはまだ出来ることがあるのよ。」
 「出来ることがあるって・・・、どういう意味?」
 「ふふふ。それはね、私達に言い掛かりをつけたことを謝ることよ。」
 「何ですって。貴方達に謝れっていうの?」
 「それ以外にあれが流出しないようにする方法がある?」
 「うっ。そ、それは・・・。」
 菜々子は蜘蛛の巣に掛かった蝶がどんどんクモの糸に絡み取られていくような気分を味わわされていた。
 「私が謝れば、あの動画は流出させないでくれるのね。」
 「さあ、それはどうかしら。謝り方次第かもね。」
 「わ、わかったわ。私が悪かった。貴方達に言い掛かりをつけたりして申し訳ありませんでした。」
 「何、その謝り方。先生の癖に謝り方も知らないのね。」
 「え、じゃどうすれば・・・。」
 「謝る時は土下座が基本でしょ。この場合ただの土下座じゃ済まないわよ。何の証拠も無しに言い掛かりをつけたんだから。反省の気持ちが籠ってないわ。そうね。最低限、全裸になって土下座することね。」
 「え、そ、そんな・・・。」
 菜々子は自分が如何に甘かったかを思い知らされていた。
 「わ、わかったわ。」
 悔しさに唇を噛みしめながら、菜々子は自分の上着を取るとブラウスのボタンに手を掛ける。

高野恭子顔

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