悪夢の前夜祭
第二部
三十五
「ね、ねえ。何処へ行くの。学校には誰か居るんじゃないの?」
「さあ、当直の先生ぐらいは居るんでしょうね。運悪く見つかってしまわないように祈ることね。
「そ、そんな・・・。もし当直の先生に見つかってしまったらどう説明するつもり?」
「ふふふ。さあ、それは先生の方が大人なんだから説明するのは先生の役目でしょ。」
「そ、そんなの。困るわ。説明のしようがないじゃないの。」
「だったら出逢わないように祈ることね。それか、言い訳を今から考えておくといいわ。そうだ。散歩に出る前に先生にはこれを呑んでおいて貰うんだった。」
朱美はそう言うと、どこから取り出したのか一本のペットボトルを差し出す。中には水のような透明な液体が入っている。
「な、何なの。それっ・・・。」
「あの晩、皆んなが呑んだのと同じものよ。先生にも同じ経験をして貰いたいから。」
朱美はペットボトルの蓋を取ると、不敵な笑みを浮かべながらウィンクして見せる。菜々子はあの晩、生徒会長の水野美保が男たちの前で失禁したのを思い出した。
「ま、まさか・・・。」
「さ、全部飲み干すのよ。」
両手が自由でない菜々子に、朱美はペットボトルの飲み口を咥えさせると、ボトルを傾けて有無を言わせず中身を呑み込ませるのだった。
「うっぷ。うぐぐっ・・・。プファッ。」
最後の一滴まで飲み干させられると咽そうになってペットボトルの吸い口を吐き出す。
「ちゃんと呑んだわね。効いてくるのはもうすぐよ。」
朱美の(効いてくる)という言葉を聞いて、菜々子は想像通りであることをほぼ確信する。
「いったい何処へ連れていこうって言うの?」
不安に駆られた菜々子は先に立って首輪の縄を牽いていく朱美に尋ねる。
「言ったでしょ。学校内を散歩するって。先生だから歴史も詳しいでしょう。江戸時代に『市中引き回し』ってのがあったの知ってるでしょ。あれと同じよ。」
「え? だってあれは罪人を処刑する為に見せしめの為にするものでしょ。」
「だから同じだって。先生は罪人なのよ。そしてこれは見せしめ。先生自身に対するね。先生は自分がどういう立場なのかよおく認識出来るようにしてあげているのよ。」
「罪人だなんて・・・。」
「生徒会長の水野美保のことを思い出しなさいな。あんな目に遭っている生徒会長のことをアンタはずっと見てたのよ。助けもしないでね。美保に訊いてみるといいわ。私は罪人かしらって。彼女、何ていうかしらね。」
(そうだ。私は教え子が暴行されているのをただ見ていただけなのだった。何もしてやることが出来ずに。彼女はきっと私を罪人呼ばわりするのだわ。)
そう思うと、菜々子には本当に自分が罪人で引き回しをされているのだと思い始める。
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