悪夢の前夜祭
第二部
三十九
テニス部退部を申し出た早乙女玲子のことをどうにも慰留出来ないばかりか、あの悪夢のような文化祭前夜の出来事についても何も語ろうとしないことに、テニス部顧問の如月美月は自分の無能さ、無力さに落ち込んでいた。そんな時に勤め先の西高を出て隣の東高との間の道を自分のアパートに帰ろうとしていて例の二人に偶然にも出くわしたのだった。
「貴方達はあの晩の・・・。」
顔はすぐに思い出したものの、この二人とあの晩何があったのかはすぐに思い出せない。
(確か生徒会顧問の松下先生から言付かったと学校へ来るように生徒会長の水野さんに呼び出しを受けて行ってみたら、この二人が居たのだった筈・・・。)
「テニス部顧問の如月美月先生ですよね。私達のこと、憶えてました?」
「ええ・・・。」
(出逢ってどうしたのだっけ・・・。そうだわ。早乙女さんが男たちに拉致されたって聞いてテニス部の部室に向かったんだったわ。でもその先の記憶がない・・・。そうだ。気づいたら縛られていて、この二人にスマホの動画画面を見せられたのだわ。)
「貴方たちなのね。早乙女さんをあんな目に・・・。」
「いえ、違います。如月先生。縛られている先生にスマホを持っていって見せたのは、そうするように命じられたからなんです。誰から言われたのかは明かせませんが、その人に私達も西高に呼び出されたんです。」
(え、西高に呼び出された? 私を呼び出したのは生徒会長の水野さんだったのだが・・・。)
「私達、その人に弱みを握られていて言うことを聞かざるを得なかったんです。どんな弱みかも言う訳にはいかないのですが、それが明るみになると私達、退学させられちゃうんです。済みません。でもあの時はああするしかなかったんです。」
「そ、そうなの・・・?」
「何があったんですか、あの晩?」
「そ、それは・・・。わたしもそれは言うことは出来ないの。」
「先生も誰かに呼び出されたんじゃないんですか? その人に問い質して欲しいんです。私達には出来ないから・・・。」
「わかったわ。取り敢えず私に任せておいて。いいこと。あの晩のことは当分誰にも言っては駄目よ。」
「わかりました。何か分かったら教えてください。」
そう言って俯いてみせてから、踵を返して如月美月から離れていく二人だった。しかし、美月に背を向けた直後、朱美がペロリと舌を出し、それを見てニヤリとした悦子の表情までは美月には見て取ることが出来なかったのだ。
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