悪夢の前夜祭
第二部
四十一
それは間違いなくアダルトビデオというジャンルのDVDのようだった。しかし問題なのはその表に写っていたモデルらしき写真は自分の教え子の早乙女玲子に間違いなかったからだ。しかも写っている格好は足首を審判台のようなものに括り付けられて脚を大きく上げて股間を丸出しにしているばかりか明らかに失禁している最中なのだ。あの晩、スマホの動画で見せられたあの時のシーンに間違いなかった。それを裏付けるかのようにタイトルに「犯されたテニス部キャプテン」と記されているのだった。
美月は誰も自分に注目していないのを確認してからそっと席を立ち、封筒を手にしたまま職員女子トイレの個室を目指した。
ドアをしっかりロックしてから封筒の中身を改めて取り出す。DVDのパッケージはフィルムで閉じられてはおらず、おそるおそる開いてみると何も印刷されていない銀色のディスクが一枚入っているだけだった。どうも試供版のようだったが、パッケージはほぼ完成品らしかった。封筒の奥には一枚の紙きれが折りたたんで入れられているのに気づいて、取り出して広げてみる。
『準備は出来ている。これをばら撒かれて困るんだったら今晩10時に一人で西高体育館まで来ること』筆跡が分からないようにカナ釘流の文字でそう書かれていたのだった。
(どうしよう・・・。大変なことになってしまったわ。)
美月は職員室に戻って封筒を自分の席の抽斗の奥にしまい込むとあたりを見渡してみる。職員室の反対側に生徒会顧問の松下菜々子の姿があった。何食わぬ顔で下を向いて作業らしきことをしている。何かを企んでいるようには見えないが、平静を装っているのかもしれないと美月は思う。
(とにかく、玲子のことは私が責任を持ってなんとしても秘密を守らねばならない。)
そう心に固く言い聞かせる美月だった。
「あら、如月先生。珍しいわね。こんな時間まで残業なんて。」
残っている先生が少なくなってきた職員室で突然声を掛けられて美月はぎくっとする。後ろに立っていたのは、生徒会顧問の松下菜々子だった。
「あ、松下先生。もうじき期末なのに成績付けがはかどっていなくて・・・。もう少しきりのいいところまでは仕上げようと思って。」
美月は咄嗟に出まかせの嘘を吐く。
(わたしのことを見張っていたのだろうか・・・。)
美月は指定された時間まで帰らずに職員室に残っていようと決めたのだった。
「じゃ、私はこれで失礼するわ。お先に。」
そう挨拶すると菜々子は背を向ける。
「お疲れ様でした。」
美月も菜々子がちゃんと職員室を出ていくのを確かめるように返事を返して後ろ姿を見送るのだった。
あれこれ心配していたせいなのか、約束の時間は美月にはあっと言う間に来てしまった。腕時計を確かめると10時までもうあと5分だった。校舎に残っているのは美月ひとりきりの様子だった。職員室の席を立つと、出来るだけ音を立てないように摺り足で体育館のほうへ向かうのだった。
常夜灯のみしかない薄暗い廊下を抜けて体育館まで来るのに、当然ながら誰とも出遭わない。重たいスライドドアをゆっくり横に押し開けて中に入ると、一応扉はもう一度閉めておくことにした。真っ暗闇ではないが、常夜灯の薄明りしかない体育館はひっそりと静まり返って人の気配はなかった。
突然、カタンと物音がしたかと思うと、パシンという音と共に眩しい光が上の方から注いできた。ステージの反対側の二階観覧席から誰かがスポットライトで自分の方を照らしてきたのだ。逆光になって光が差してくる方向は真っ暗闇で何も見えない。
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