近未来性教育プログラム
八
ずっと野党に甘んじていたリベラル派政党の律新社会党が保守派の自由民権党から政権を奪取して一躍与党に初めてなったのは2030年の事だった。それまで政権を握っていた保守の自由民権党下では金と権力の癒着による腐敗政治が繰り返されたせいで、国民の厭世感が蔓延していた。そこへ男女完全平等性とLGBT等マイノリティ保護を掲げるリベラル政党の律新社会党が新しいムードを望む世論の支持を得て一気に政権奪還を成し遂げたのだった。律新社会党の改革はドラスティックだった。男女完全平等性の意識改革の為には若い世代からのマインド醸成が不可欠との主張で、学校内における女子のスカート着用の禁止令、トイレの男女区別禁止令、LGBTの公開条例や優遇措置などが法整備され施行された。またこれら法令の施行に伴って一見して男女の区別がつかないジェンダーレスの制服の着用義務化、公共施設におけるトイレの男女共用化への作り直しが順次進められた。ジェンダーレス制服では男子のズボンに前チャックを付けることが禁止され、トイレの男女共用化により男子用小便器は全て撤去されて個室のみとなり、男子が小用の際には女子と同じく個室で座って用を足すことが急速に普及していったのだった。
LGBTについては差別禁止が厳格化され、学校関係者であっても不用意な発言が厳罰に処され、慣れない古い時代に慣れ親しんだ老齢教育指導者や校長、教頭等の学校経営責任者が次々と職位を失う事態にまで発展した。
同性婚も異性婚者と完全に同等の権利が認められるようになり、むしろ推奨までされるようになっていった。
人々は誘導された世論によって、男女平等やマイノリティの保護が進むのは良い事として当初は好意的に取られて何の疑問も感じてられていなかったのだ。
保守系の自由民権党からリベラル系の律新社会党へ政権が移行する過程でファッション、そして性風俗の業界でも大きな変化が生じていた。
自由民権党の時代であった2020年代に若者のファッションの主流であったミニスカートは更に過激度を増していった。女子高生の下着が覗いてしまうのではないかという短いスカートはとうとう普通に立っていても常時スカートから下着が覗いているようなスタイルが流行しだしたのだ。
このファッションは当初は煽情的であるとか、見苦しいとか批判の声もあったのだが若い層から広がり始め、一旦常にパンティが見えてしまっているのが定着してしまうと誰もそれを何とも思わなくなり、若い層だけではなく広範囲に広まっていった。するとパンティを隠すようなミニスカートやミニではないスカートまでが不自然に感じられてもはやスカートはパンティを丸出しにするものか、まったくスカートを穿かないかの選択肢しかありえなくなってしまったのだ。
そういう背景の中で極端な男女平等を求めるリベラル派政権が誕生し、スカート廃止論を打ち出した為にそれに賛同する意見が多くなり、女子生徒のスカート廃止の動きが一気に加速し、それは一般人にも広がっていったのだった。
するとパンティを常時丸出しにしている短いスカートは最早、職業的に性を売る娼婦だけのものになっていき、その事が一層一般社会からスカートそのものを排斥する動きへとシフトしていったのだった。
しかし、実はこの常時パンツ丸見えルックとそれに続くスカートそのものの排斥は目に見えないところで社会を揺るがす大きな問題を引き起こしていたのだった。それは男性側の反応の極端な二分化だった。
ひとつの流れは、男性が常時下着が丸見えになっている女性のスカートを見せ続けられることで、女性に対する興味、すなわち性欲をどんどん失ってしまったのだ。スカートから常時覗いている下着を見ることに慣れてしまうと、女性を観て興奮することも関心を持つこともなくなり、そのことは女性に対する性の欲望までも喪失させてしまうに至ったのだった。そしてそれに追い打ちを掛けるように起こったスカート排斥運動は、ますます男性に対して女性への興味、欲望を失わせることへと発展していった。そしてそれが男女の結婚比率、出生率の劇的な低下へと飛び火してゆき、社会は滅亡へ向かって突進していくこととなったのだ。
もうひとつの流れは、性犯罪の狂暴化だった。常時下着を覗かせている女性のスカート姿は、ある割合の男性に対しては常に性の欲望で女性を観るようになっていく。男女間の愛情といった感情は一切無いままでの強姦という形での性行為が水面下でどんどん増え始めていった。その結果、女性の妊娠という中での性犯罪、所謂強姦という行為による妊娠の比率が最早無視出来ないまでの高水準になっていったのだった。
リベラル政権はこの事態に憂慮し、また世間からの批判もあって、性犯罪者の犯罪に対する厳罰化を進めていった。そして遂には強姦を行った性犯罪者を国の施設で強制的に去勢させてしまうまでに至ったのだ。
この事は結婚率、出生率の低下、そしてそれによる少子高齢化を更に加速的に進める結果になってしまっていた。表立っては語られないが、最早女性の妊娠というと半分は性犯罪者による強姦とまで言われるようになっていて、それを厳しく罰し、性犯罪者を捕らえては去勢していったので社会での女性の妊娠の機会は一気に無くなって行ったのだ。
この負のスパイラルに時のリベラル政権も気づいていなかった訳ではなく、女性にある年齢に達するまでに妊娠経験が無い場合に、徴兵制で強制的に兵役に就かねばならない制度のように、徴妊制という名前で、人工授精によって妊娠をしなければならない法制度の樹立を密かに進めていたのだ。しかもこの際に必要となる男子の精子を性衝動の旺盛な性犯罪者の精子を用いることまで検討されていて、世間の知らないところで性犯罪者の去勢執行の前に密かに国の女性職員の手で拘束された男性受刑者に強制的に射精させて、採取して冷凍保存させた精子を用いることまで画策されていたのだった。
性犯罪者の精子冷凍保存は律新社会党政権下で極秘裏に進められた為、ずっと一般人には知られることがなかったのだが、少子化、人口減少は社会に隠すことは出来ないので時の政権は自分たちの政策の誤りは棚に上げて危機感ばかりを煽って律新社会党最大の政策とも言われた徴妊制法案を議会で通過させ、施行まで数年の余地を経た上で実施させるところまで漕ぎつけさせたのだった。
しかしこの実際の施行を前にして、政府が密かに実施していた徴妊制実施を担保する性犯罪者の去勢を前にした精子採取と冷凍保存を某週刊誌がスクープとして素っ破抜いたことをきっかけとして、当時の律新社会党党首・福本みづき、および次期党首と目されていたタレント出身の党イメージリーダーであった寅塚歌劇団出身の蘭航(ラン・コウ)が実は隣国のスパイで、国の転覆を目論んでいたことが噂として流れ始めると、一気に律新社会党に対する不信感が爆発することとなり、当時は野党に下野していた自由民権党の追及により福本みづきと蘭航の国会喚問が提案されると二人は突然姿を消し、国外逃亡の噂が流れ始めるや否や、律新社会党に対する信認は瓦解し、次の総選挙で壊滅状態になり自由民権党が政権に返り咲いたのだった。
新たに自由民権党総裁から首相となった矢部慎吾は、国の存亡を賭けて前政権の続けてきた悪政の改革に取り組むことになる。そして打ち立てたのが新世代性教育プログラム推進プロジェクトなのだった。そしてその成功こそが施行を間近にしていた徴妊制度廃止の具体的理論根拠となる筈だった。それだけに薫たちが担当する新世代性教育プログラムは責任が重いものだったのだ。
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