近未来性教育プログラム
十一
アキトとアキホが体育館用具倉庫の奥で内緒の密会をしている頃、特別選抜コースの中でも常に学業首位の座を競い合ってきた秀才肌の樋口龍之介と芥川いちはの二人はいつも自分達の専用勉強室であるかのように独占して使っている本郷アカデミー付属の図書館奥にある司書室の中でそれぞれ独自の学習方法で勉強を薦めていた。
しかし実は龍之介はいつものように目の前に開いた参考書に身が入っていなかった。先日の特別授業以来、女性の身体に初めて触れてからそのことが気に掛かって仕方ないのだった。それまでは女性のことなど全く眼中になかったし、ライバルであるいちはの事も単なる競争相手としか見ていなかった。それがあの授業以来、いちはのことを自分とは異なる異性として意識するようになってしまったのだった。そんな龍之介からみると、いちははあの特別授業の後、一切動揺するような様子も見せず、これまで通り冷静に勉強に集中しているように見えるのが腹立たしかったのだ。
(あいつだって、あの特別授業は衝撃だったに違いない。何とかあいつの動揺を表に出してうろたえさせてやりたい。)
そんな事をずっと考えていたのだ。
「なあ、芥川。君はこの間の特別授業の事、どう感じ取ったんだ?」
『特別授業』という言葉が突然同じ部屋に居た樋口龍之介の口から出て、いちはは内心動揺するが、ポーカーフェイスを得意とするいちははそれを顔色に出さない。
「え、特別授業? あの新世代性教育プログラムとか言って、早乙女薫教諭がやらせたあの茶番劇の事かしら?」
「茶番劇だって? 君はそう感じたのか。」
「あら、貴方の受取方はそうじゃなかったの。」
「ううむ。僕の取り方はちょっと違うな。あれは多分に政治色が濃いものだったと思っている。薫先生が授業の始めに、『総理大臣が主導する国家プロジェクトによる新しい時代の教育カリキュラム』って言ってただろ。つまり、あれは現政権がまえの律新社会党による男女平等、マイノリティ保護を隠れ蓑に行った国家転覆を目論んだ様々な施策を是正するのに、僕らを利用しようとしているのじゃないかな。」
「あれは政治利用だっていうのね。ま、そういう意図は確かに感じられたわ。」
「で、君自身はどうなんだ。ああいう男女の性意識を強制的に変えさせようとする教育についてさ。」
「私はこれまでの政権のやり方や現政権がどう改革しようが、男女の性というのは純粋に生物学的、動物学的な差異によるもので、政治がどうこういう筋合いのものではないという立場よ。男と女の違いは純粋に学術的な観点で評価されるべきって思っているだけよ。」
「そうなのか・・・。だけど、君には衝撃的だったんじゃないかな。君みたいに、学問としてしか捉えていなかった男女の性の違いを実際に身体で触れ合うことで感じさせられたのには・・・。」
「ふん。衝撃ねえ・・・。理論を実践によって検証したってだけだわ。実際、男性がエンドルフィンの分泌によって男性性器を勃起させることは私自身随分前から知識として知ってはいるし、勃起させたペニスがどの位の大きさでどんな硬さなのかは学術書ではイメージ出来なかった部分を実際に触れて検証してみただけのことよ。」
「ふうん。君もやっぱり触れてみたのか、男性自身に。」
「あら、いけない事かしら。折角の臨床的体験のいい機会だったから利用させて貰っただけよ。」
「じゃあ、何の感動もなかったって訳だ。」
「そうね。まあ強いて言えば、興奮状態にある男性の勃起がどの程度のものかは実体験出来たけれど、その後に訪れる恍惚感による射精というのがどの程度のものなのかまでは確認出来なかったのはちょっと残念だったわね。」
「ほう・・・。なら、そこまで実体験してみるってのはどうだい? 協力してやらんでもないんだが?」
「あの特別授業の再現みたいなことをしてみようっていうの?」
「ああ。もし君が興味があるのであればだけれどね。」
「・・・・。いいわ。貴方が所謂絶頂まで辿り着いて、射精というものを見せてくれるというのであれば。」
「うっ・・・。そ、それはいいが・・・。それなら僕にも条件がある。」
「あら、何かしら?」
「君はフェラチオって行為があるのは知らないだろ。」
龍之介はいちはが『フェラチオ』という言葉ぐらいは知っているだろうとは思っていた。しかしその言葉を耳にすればさすがに動揺を隠せないだろうと踏んで敢えて言ってみたのだった。
「フェラチオ・・・? 勿論知っているわ。口腔性交というものよね。古来から男女の間では密かにだけど行われている行為だわ。」
龍之介は意外にもいちはが平然と『フェラチオ』という言葉を言い切ったのに驚いていた。
「僕にはその昔からある男女の間の性行為が本当に女性に受け入れられるものなのかどうかという点について確信が持てないんだ。排泄行為をする為の人間の器官である男性性器を口の中に受け入れるっていうのが性行為として成立するのかどうか・・・。」
「つまり、貴方の条件っていうのはこういう事? 女性がフェラチオを受け入れられるかどうかを確かめさせてくれたら、射精という生理現象を目撃させてあげてもいいって・・・。」
(えっ? そんなことをこの女は受け入れられるというのだろうか・・・?)
龍之介自身もいちはの返答に動揺を隠せないのを誤魔化しながらなんとか言い切る。
「ああ、そういう事だ。これは交換条件だからな。」
「・・・・。いいわ。これは生物学的実証実験として試してみる価値はあると思う。わたしがフェラチオをしたら、貴方は射精をして見せるのよ。私の目の前で。いい?」
「も、勿論だとも。でも、どこでするかな。他の人の目に付く訳にはゆかないし。」
「生徒会室の隣にある生徒指導室ならいいんじゃない? 内側から鍵が掛けられるから。生徒会顧問の薫先生が私になら鍵を貸してくれると思うわ。」
いちはは生徒会長でもあり、生徒会顧問の早乙女薫からも一目置かれている存在なのだった。
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