近未来性教育プログラム
二
「何、この制服・・・? これって、スカートってやつじゃない?」
「ああ、私もこんなの。実物を観るのは初めてっ。今まで、昔の写真集でしかみたことなかったわ。」
「しかも、これっていわゆるミニスカってやつね。昔はこんなの穿いていたんだ。」
「え、でも何故いま、これっ?」
隣の教室で与えられた新たな制服に着替えようとしていた女子生徒たちはそれぞれに身に付けようとしていた新しい制服に戸惑っていた。
「こんなの穿いたら、下着が見られちゃうんじゃない?」
「大丈夫よ。脚開いて座ったりしなければ・・・。それにこれ意外と可愛いじゃない。わたし、好きかも。」
「変よ。太腿が丸出しなんて・・・。」
「あら、わたしは平気よ。だって、昔の人って普通にこういうの穿いていたんでしょ?」
反応はそれぞれだった。十年前にリベラル政党が政権を奪取して公立学校での女子のスカートが禁止されて制服がユニセックス化され、男子も女子も同じハーフパンツになってから世間ではあっと言う間にスカートというものが女性の間から駆逐されたのだった。もはやスカートはお年寄りの女性しか穿かないものになっていたのだった。若い子はスカートというものを穿かなくなり、一部の年寄りは別としてスカートを穿くというのは、法的には認められていないがネットの闇社会では厳然として存在する娼婦の衣装の定番とされていた。しかもスカート丈はどんどん短くなっていった結果、普通に立っていても下着が見えてしまうものが極当たり前に見られるようになっていた。
「あれっ? ここにこんなファスナーが付いてる・・・。なんだ、これは?」
「お前、知らないのか。これはここからペニスを出す為の窓なんだよ。昔の服は、みんなこんな風に出来ていたのさ。」
「へえ。何の為にこんなところからペニスを出すんだよ。」
「立っておしっこをする為だよ。」
「え? 立ったままおしっこをするのか? そんなこと、出来るのか?」
「ああ。昔はその為の専用の便器ってのがあったらしい。」
最早、若い男子生徒ではリベラル政権になってトイレの男女共用が義務化された以降に入学した者ばかりで、立って小用を足すという経験のないものが少なくはなかったのだった。
「皆さん、着替えは終わりましたね。それでは元の席に着いてください。」
教室に戻ってきた男女生徒たちは元の席に夫々ついていた。男女の席はチェスの盤面のように千鳥格子になるように互い違いにわざと設定されている。
「先生。この服は何の意味があるのですか?」
女生徒の一人が手を挙げて薫に質問する。
「はい。これから説明します。皆さんには総理大臣が主導する国家プロジェクトによる新しい時代の教育カリキュラムを受けて頂くことになっています。皆さんがいま身に着けているのはクラシックタイプの男女別の制服で、数十年前には極普通に一般生徒が身に着けていたものです。私も学生時代には皆さんと同じような制服を使っていました。
国家プロジェクトでは前の政権による行き過ぎた性平等政策によって混乱した現代社会を元に戻すことを目標に掲げています。皆さんがいま着用されている男女別のクラシックタイプの制服もその一環です。性風俗復古改革、セクシャルルネッサンスと呼ばれているものです。」
「先生。でもこの服装、とても違和感があります。これは強制なのですか?」
さっき質問した女生徒が更に質問する。薫は授業の前に想定問答集で叩き込まれたQ&Aの回答を頭に思い浮かべる。
「敢えて強制とは言いません。このプロジェクトが打ち出した方針は当校のエリート養成カリキュラムにおいて必須アイテムとなっています。この方針を守れないものは即刻、このプロジェクトから外れて頂きます。それは当校からの退学を意味します。」
薫の言葉に生徒から一斉にどよめきの声が挙がる。東京本郷アカデミーの特別選抜クラスは国の将来の指導者となることを約束されたエリート中のエリートなのだ。それを退学になることは即、栄光の未来から人生の破滅への転落を意味するものだったからだ。
教室内が騒がしくなったのを見て、薫は改めて校長から言い渡された言葉を思い起こす。
「いいかね、早乙女君。このプロジェクトが成功するか否かは、君が生徒たちに対して毅然とした態度を示し続けられるかがカギになるのだ。生徒たちが授業の中で指示に完全に従うようにはっきりと言い渡すことが肝要なのだ。わかるね。」
薫はこれから言い渡す指示に対して、反論や不服が出ないようにしなければならないのだと自分の覚悟をあらたにする。
「皆さん、静かにしてください。これから先、私が授業の終了を宣言するまで一切の私語を禁止します。このことを守れなかった人には即刻退学の処置を校長に願い出ることになります。いいですね。」
薫がきっぱりと言い放った言葉に、教室内は凍り付いたようにしいんと静まり返る。
「それでは皆さんの机の上に置いてある袋の中のものを取り出してください。」
生徒達はめいめいの机の上に置かれた小さな布袋に手を伸ばして中のものを取り出す。袋から出てきたものはアイマスクなのだった。
「皆さん。それが何だかは分かりますよね。皆さんには今からそれを装着して貰います。私がこの授業の終了を告げて外していいというまで勝手にそれを外してはなりません。勿論、先ほど説明したように授業の終了の合図が告げられるまで一切の発言もしてはなりません。いいですね。それでは装着してください。」
薫の合図とともに、生徒達はそれぞれ自分の眼の前に置かれた袋から取り出したアイマスクを一斉に頭に装着し始める。薫は教室内を見渡して、生徒等が一人残らず全員アイマスクを装着したのを確認する。
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