妄想小説
不妊治療外来
九
「あの、痛くはなかったですか?」
「え? あ、さっきの事ですか。大丈夫ですよ。仕事なので、慣れていますから。」
両手を縛ってしまったことを詫びたつもりの涼馬だったが、看護婦は事も無げだった。医師の薦めに従って、慣れてきて一瞬で縛り上げることが出来るようになるまで何度も練習させられたのだが、看護婦は嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれたのだった。
「じゃ、今日はお一人で大丈夫ですよね。」
看護師は涼馬に採精カップを私ながらそう言うと、涼馬が返事をする前にさっとカーテンを閉めてしまう。
「あ、あの・・・。」
「え? どうかしましたか。」
涼馬は看護婦が立ち去ってしまう前に思い切って声を掛けたのだった。
「あの、ちょっと自信が無いんでもう一度だけ手伝ってくれませんか?」
「・・・・。仕方ありませんね。今回きりですよ。さ、ズボンとパンツ、脱いで。」
涼馬は看護師の気が変わらぬうちにと慌ててさっとズボンとパンツを一緒に膝まで下す。涼馬のそれはまだ小さく縮こまっている。
(先程、この子を縛っている時にはズボンの下で勃起してきて困ったというのに・・・。)
そんな事を考えていた涼馬も、看護婦が手際よく温かい濡れタオルで涼馬の股間を拭い、アルコール消毒を始める頃にはそれは首を擡げ始めているのだった。
「嫌じゃありませんか、こういうのするって?」
涼馬は看護師が気を悪くしないかと恐る恐るながらも気になっていたことをぼそっと訊いてみた。
「だって仕事ですから。これだって看護師の大事な役目のひとつなんです。」
「そ、そう・・・ですよね。」
それ以上は踏み込めなくなってしまう涼馬だった。本当は(勃起してきたペニスを見て感じてしまうことはないのか)とも訊いてみたかったのだったが。
涼馬の上半身と下半身の間で視界を閉ざすカーテンをしめようとする看護師を手で制した涼馬だった。
「いいんです。このまま見えるようにしてしてくれませんか?」
看護師は一瞬躊躇ったが、カーテンを引こうとする手をひっこめた。医師の言葉を思い出したのだった。
(そうだ。今度はこの人の目を見ながらしてあげて、射精の瞬間に気づけるかやってみよう。)
「じゃ、気を楽にしていてくださいね。」
涼馬の目を覗きこむようにしながら握ったそのモノは既に充分屹立してきていたのだった。
「終わりました、先生。」
「ああ、芙美子君。ごくろうさん。」
「あれで良かったでしょうか?」
「ん?」
「ご覧になっておられたのでしょう?」
「ああ、まあそうだが。」
「先生に言われたとおりに、今度はあそこを見ないでしてみました。」
「相手の目を見つめて意識を集中していたようだね。」
「はい、先生にそう教えられたものですから。」
「で、君はどうだったんだね。」
「手の感触よりも、目とか顔の表情のほうがわかりやすかった気がします。」
「そうなのだ。射精というものは、ペニスに感じる手の感触よりも目で見たり、頭で思う感覚によって、中枢が刺激されてその指示によって起きる現象なのだよ。」
「それで先生はあの患者さんに縛ることを教えられたのですね。」
「その通りだ。だんだん君も分かってきたようだ。ただ、ちょっと気にかかる事もある。」
「気に・・・掛かること・・・ですか。」
「あの青年の目を見ていて気づかなかったかね。」
「さあ・・・。」
「君の目を見ていて欲情を募らせていたことだよ。もうあの患者の射精を手伝ってあげることはやってはいかん。もはや彼は、充分ひとりで射精まで行ける筈だ。それも自覚していた筈だ。しかし君に手伝って貰うことを頼んだ。」
「そうなのでしょうか。」
「いいかね。彼の妻はなな実という女性だ。これ以上深みに嵌らせると彼は過ちを犯しかねない。彼に決して唇を奪われることがあってはならないよ。」
「唇をですか?」
「そうだ。唇を重ねれば彼はきっと見境いがつかなくなる。そして君もだよ。」
「私が? 私があの方にですか?」
「そうだ。陰茎を握るのとは訳が違うのだ。看護婦としての職務を忘れかねない。キスというのはそういう魔力があるのだ。よく憶えておきなさい。」
「わかりました、先生。」
「そうだ。お前はまだあれをやってなかったな。看護師としてまたもう一段階、レベルアップする為のスキルじゃ。」
「はい、先生。何でしょうか?」
「オラルゲシュレッヒスヴェルカーじゃ。」
「オラルゲシュ・・・?」
「あ、いや。独逸語は憶えんでもよろしい。ま、平たく言えばフェラチオじゃ。幾らお前でもフェラチオぐらいは知っとるじゃろ。」
「フェラ・・・チオですか。」
「その口ぶりじゃ、知らんみたいじゃな。ま、いいじゃろ。よいか。フェラチオというのはキスと違って女を狂わす要素はあまりない。しかし、男は充分狂わす毒を持っておる。もし男にキスを迫られてどうしようもなくなった時は、こちらに逃げるのじゃ。よく憶えておくがいい。勿論、キスの逃れ方だけではのうて、採精の際の重要なテクニックじゃ。そのうち、これが必要な患者も遅からず現れるじゃろうから、今のうちに訓練しておくがよい。」
「はい、先生。看護師として、どんな場合にも対応出来るように備えておきたいと思います。」
「よい心掛けじゃ。それじゃ、ここに跪きなさい。」
そう言うと、医師は両脚を大きく広げると自分が座っている椅子のすぐ目の前の床を指し示すのだった。
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