妄想小説
不妊治療外来
十五
「いや、よくやったよ。芙美子君。さすがに私も今回は駄目かと思った。」
「いえ、先生。あの方がお持ちになった写真のせいですわ。あれをご覧になった途端に勢いが変りましたもの。」
「いや、君のテクニックも満更ではなかったということだよ。自信を持っていい。」
「ありがとう、ございます。」
さして嬉しくはなかったが、医師には礼を言っておく。
(最初からあの写真を観ながらしていたら、もっと早くに出せていたのだろうか。それとも先生が言うように私のアシストがあったからなのだろうか・・・。)
どちらでもいいと、芙美子は深く詮索しないことにしたのだった。
「しかし、人は見掛けに依らないもんだね。あのザーメンの量にも驚いたが中の精子の勢いの良さには二度吃驚だね。あれならタイミングさえ合えば百発百中妊娠するだろうね。」
「そう・・・なんですか。」
(ということは、奥さん側の問題なのだ・・・。)
芙美子はその奥さんには身体検査の時に裸を見たきりで、話も碌にしていない。まだ若い奥さんが落胆する様を想像すると胸が痛んだ。子供が欲しそうな素振りはあの年取った旦那に負けず劣らずという感じだったからだ。
老人が検査を終えた次の日には、もう奥さんのほうが診察にやって来ていた。芙美子は第二診察室の奥の方で待機していた。
「よろしくお願いします、先生。」
「ああ、じゃそこに腰掛けて。あっ、待った。その前に・・・。言っておいたこと、ちゃんと守った?」
「えっ?」
「下着の事ですよ。」
優愛は何時その事を言われるのかとびくびくしていたのだったが、いきなりだった。
「言いつけどおり、三日間穿き続けましたね。」
「え? あ、はいっ・・・。」
優愛は恥ずかしさに下を向いてしまう。
「じゃ、今ここで脱いで。」
「え、今ですか?」
医師に命じられて断る訳にもゆかなかった。着物は脱ぎ着が面倒になるせいか、最初の日だけで、この日は長めのロングプリーツスカートだった。その裾をたくし上げ、お尻の方から穿いてきたショーツを抜き取る。どうしようと躊躇っている様子の優愛から引っ手繰るようにしてまだ生温かそうなショーツを奪い取ると医師はちらっと内側の汚れを確かめてからジッパーの付いたビニール製の袋にそれを仕舞い込む。優愛には恥部を直接見られるよりも恥ずかしかった。
「ちょっとそのまま具合を診てみましょう。スカートの前を捲り上げて。」
医師は優愛の恥ずかしさを更に増長させるかのように命令する。
「あの・・・、こうですか?」
優愛は仕方なく下を俯いたままスカートの前をたくし上げ前回剃りあげられてしまった陰唇を医師の前に露わにする。
「ふうむ。特にむくみもないようですし・・・異常はなさそうですね。じゃ、ここに腰掛けて。」
「あの・・・、ショーツは?」
「あれっ? 替えは持ってきてないんですか。あれっ、言わなかったかなあ。あ、じゃあ後で紙ショーツを持ってきて貰いますから今日はそれを穿いて帰ってください。」
「あちらは・・・?」
「ああ、検査に回しますので。二、三日だけ。あ、若しかしてですけど上手く採取出来なかった場合はその部分を粉砕して機械に掛ける場合がありますので戻ってこないこともあることは了承ください。」
医師は事も無げに言い放つ。勿論、患者には言っていないが、秋本は最初から若妻が汚したショーツを返すつもりは毛頭ないのだった。こっそり隠し撮りしている患者の顔写真と汚したショーツの内側の写真を並べて翳して、こんな顔してこんな風に汚すのかと若い妻を貶めて観るのが秋本の夜のこの上ない愉しみなのだとは若妻は思いもしないのだった。
下着を着けないままスツールに腰掛ける居心地の悪さに動揺しながら優愛は夫の検査の結果を待つのだった。
「まだ何ともはっきりとは言えませんが、難しいところですね。何と言ってももう結構なお齢ですから。やはり男性は齢と共に精力も衰えてくるのは致し方ないことです。ま、だからと言って妊娠の可能性が全く無いという訳でもないのです。こればっかりは絶対という事はありませんからね。」
優愛のほうは(やっぱりそうか)というような神妙な顔つきで医師の言葉を聞いている。
「まだどちらに原因があるとも言いきれませんので、奥様の方ももう少し検査が必要です。今日はバルトリン氏腺を採取したいのですが・・・。」
「え? バルト・・・?」
「ああ、失礼。えーっと日本語で言うと、性液? ああ、愛液とも言いますね。セックスの際に女性の体内から分泌される液体です。
優愛は医師の口から事も無げに出て来た言葉に唖然とする。それは男性に精液を今すぐここで出せというのに等しいぐらいの宣告とも言えた。
「あの・・・、性液って、どうやって・・・。」
「ああ、オナニーをするんです。オナニー。判りますよね?」
「あの・・・、自慰・・・の事、ですよね。」
「ああ、そうそう。男性が射精するよりは容易いってよく言われますけどね。」
「え、そうでしょうか・・・?」
「大丈夫。心配しないで。リラックスして、私が言う通りにすればいいんですから。」
医師はそう言うと、優愛の手を取って奥の簡易ベッドの方へ導くのだった。
次へ 先頭へ