採精手伝い

妄想小説

不妊治療外来



 四

 「先生、入ります。」
 看護師の芙美子は秋本しか居ないと分っている第二診察室の扉を開け、いつも命じられている通り、後ろ手で内側から鍵を掛ける。もう一人の渡辺看護師はいつものように出掛けていて医院には他には居ないことは分っているのだが、それは医師が定めた決め事なのだった。
 「こちらに来なさい。」
 医師は芙美子にいつもは診断の為に患者に座らせている回転スツールを顎で示す。
 「はい、先生。」
 看護師用に医師が決めたナース服は裾がとても短いので座る時には充分注意して膝に手を置くように気を付けている。
 「どうだったね、今日の患者は?」
 午前中の患者は沢山居るのだが、誰のことを示しているのかは芙美子には言われなくても判っていた。
 「はい、なかなか手間取っているようでしたので、手助けさせて頂きました。」
 「そのようだね。で? 」
 「今回は上手く行ったように思います。充分採取出来ましたし、外に洩れることもありませんでした。」
 芙美子はその様子の一部始終を医師が事前に採精室にあるカメラで撮ったビデオで再生して観ていることを知っている。が、その事には触れないことにしている。
 「一見、上手く出来たように見えるかも知れないが、彼は初めてだからね。初めてというだけで、ある男性には刺激的なものだ。」
 「はい。」
 芙美子は決して医師に言葉を返すような事はしない。医師の言うことが全てなのだ。
 「あの男性は何度か採取する必要がありそうだ。いつも同じ様に行くという訳にはいかない。」
 「どのようにすれば宜しいのでしょうか。」
 「今回は相手の顔を見ないでしているが、時には真正面から見つめながらすることも必要になることがある。」
 「真正面に見つめるの・・・ですね。」
 「そうだ。男は女性から見つめられると身体の反応は無意識になりがちだ。本来の衝動を呼び覚ましやすくなるのだ。」
 「はい。」
 「ただし、そうなるとあのモノを見ないですることになる。全ては手の感触だけが頼りだ。指の先に意識を集中していないと洩らしてしまうこともありえる。」
 「難しそうです。」
 「練習して習練を積むしかない。」
 「わかりました。お願いします。」
 「ふむ。じゃ、やってみなさい。」
 芙美子は阿吽の呼吸で医師のズボンのベルトを緩めチャックを引き下げる。
 「誰のモノであっても、男性のあそこに興味を感じてはいけない。看護師としての重要な務めなのだと自覚して施術に神経を集中させるのだ。」
 「はい、わかりました。先生。」
 その先生のモノは既に屹立を始めているのが芙美子にもわかった。大事な宝物を宝箱から取り出すかのように両手でそっとそれを支えて持ち、自分の目の前に引き寄せる。

 「で、どうだったの?」
 ソファに腰掛けて新聞を読んでいた涼馬の背後からなな実が訊ねてきた。何時その言葉が来るか待ち構えてはいた涼馬だった。
 「まだ結果はすぐには出ないらしいから、もう一回行ってみないとね。」
 「必ずちゃんと行ってね。今度も一人でいいから。」
 「ああ。お前のほうはどうなんだい?」
 「どうって?」
 自分の方に何か落ち度でもあったように言われた気がして、なな実はすかさず聞き返す。
 「ああ、いや。次は何時なのかって事・・・。」
 「明日よ。いろいろ検査もあるらしいから。」
 「そうか。大変だな、いろいろと・・・。」
 「あなたもちゃんと都合つけて、休まずに行ってよね。」
 「ああ、わかってるさ。」
 とにかく妻の機嫌を損ねることはせずに第一回目の報告は終えたようで、涼馬はほっと胸を撫で下ろすのだった。

 なな実は涼馬と結婚して2年目になる。元々は同じ職場でなな実のほうが2年、先輩だった。なな実に言い寄る男性社員は多かったのだが、なな実の目に叶う男は居らず悉く袖にしていた。ところが入社二年目にイケメンの涼馬が入社してきたのだ。それも実業家の裕福な家の御曹司らしいという噂もあった。同期入社の女子社員の憧れの的だったのだが、その涼馬をさっと掻っ攫うようになな実が射止め、寿退社までゴールインしてしまったのだった。
 涼馬は独り暮らしだったが、実家は噂通りの豪邸で、親は既に引退していた。姑の冷たい視線を物ともせず、この家で主導権を握るには跡取りの息子を授かるしかないと密かになな実は決意したのだった。

芙美子3

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