目隠し

妄想小説

不妊治療外来



 六

 「これを目に当てて頭の後ろで縛ってみてください。」
 「はあ、これ・・・ですか。」
 なな実は医師に渡されたビロードの帯を恐る恐る受け取ると、言われるままに目に当ててみる。視界が閉ざされると急に不安にもなるが、妙な安心感も同時に感じることが判る。
 「よろしいですかな。何も見えないですね。よろしい。では、両手を背中のほうに回してっ。」
 「あ、はいっ。」
 なな実は言われるがまま、両手を背中で交差させる。すると、すぐに自分の手首に何かが巻かれるのを感じる。医師が自分の手を縛っているのだと思うと、つい緊張してしまう。
 「ああ、もっとリラックスして。大丈夫ですから。痛くはしません。」
 「あ、ああ・・・。」
 両手の自由が奪われることを想像してつい、なな実は喘ぎ声をあげてしまっていた。
 「どうです、縛られてみた気分は?」
 「先生、何だか変な感じです。何かちょっと怖いような・・・。」
 「怖い? 何が・・・、ですか。」
 「いや、襲われるとかそういうのじゃなくて・・・。自分自身が・・・です。何か、自分の中の淫らなものが抑えきれなくなって、出てしまいそうな。」
 「それでいいのですよ。それは普通の事です。」
 「普通の事?」
 「だんだん分ってきますよ。さ、ちょっとボタン、外しますね。」
 医師はそういうと、なな実のブラウスの胸の部分に手を伸ばす。なな実はブラウスのボタンが外されるのを感じると、思わず生唾を呑み込んでしまう。医師の手が優しく胸元に忍び込んできた。ブラジャーの下側にその手のひらが押し当てられる。
 「ああっ・・・。」
 「いいのですよ。そのまま。旦那さまの事を頭に思い浮かべて・・・。」
 「は、はいっ・・・。」
 なな実は自分の声が掠れてしまうのを感じていた。医師の手は更にブラウスの奥に潜り込んできて、ブラジャーのホックを背中部分で器用に外していた。胸を押し付けられていた力がすっと解放されて、なな実は自分の豊かな乳房がぶるんと震えたような気がした。ブラジャーーが医師の手で下に押し下げられていく。
 「こちらはどうです?」
 そう医師が耳元で呟いた時には、なな実は自分の太腿の内側に医師の指が触れたのを感じる。スカートの中に医師は手を潜り込ませているらしかったが、目隠しをされているなな実にはそれを見ることは出来ない。次に何をされるのか判らないことが、不安と期待を更に増長させる。
 医師の指がスカートの中で更に奥のほうへ滑ってくる。
 「ああ、駄目っ・・・。」
 「どう、駄目なんですか?」
 「あ、あの・・・。何か・・・。自分がどんどんいやらしくなっていく様な気がして。自分の身体の中から淫らなものが出てきてしまいそうなんです。」
 「ニッペルスピッツェもエレクスィションを始めていますよ。」
 「えっ、何?」
 「あ、失礼。乳首が立ってきているのです。」
 「え、いやっ。恥ずかしいっ。」
 「それでいいのですよ。それは医学上は正常な生理的反応なのです。本来、人間はそういう風に出来ているのです。」
 「ああ、どうしよう。これ以上、何かされると・・・。」
 「ふふふ・・・。でも、今日はこのくらいにしておきましょう。」
 医師はそう言うと、なな実の後ろに回り込んだらしく、優しく両手首を縛っていた縄を解き始める。なな実はなんだか惜しいような気持ちがするのを自分自身で整理出来ないでいる。医師は目隠しをしていたビロードの帯も外してくれた。
 手が自由になると、なな実は思わず恥ずかしさに両手を顔に当てて口元を隠す。
 「縛るという行為は男女の間においては特別な意味があるのです。女性は縛られるという事で犯されるという予感に身体がその為の準備の分泌を始めるのです。これは生殖という意味に置いては重要な要素になります。一方、男性のほうは、女を縛るという行為で征服欲が刺激されて、それが強い性欲に変ってゆき、その事が精力を増強させるという働きをするのです。」
 「はあ・・・。」
 なな実には医師が言われている言葉の意味が半分程度しか理解出来なかった。が、縛られるという事の意味を始めて知った気がしていた。
 「奥さん。縛ったり、縛られるという事に世間一般の常識を持ち込んではなりません。不妊治療というのは一般社会規範やタブーからは自由でなければなりません。妊娠というのは、本来男性器のペニスを女性器のヴァギナに挿し込んで快感を得るということの結果生じるものです。そういう行為そのものを他人の居る場で口にすることは出来ませんし、ありえません。しかし不妊治療ではそれを超越することが求められているのです。むしろ必要なのです。この不妊治療という場は、世間一般の常識の世界からは隔絶されているのです。よろしいですか?」
 「あ、ええ・・・。判りましたわ、先生。」
 「ふむ。よろしい。じゃ、今日はこれで終わりです。」
 治療の終りを告げられてなな実はスツールから立ち上がろうとして腰の辺りに力が入らず、思いもかけずよろけそうになる。それを医師の手がさっと差し伸べられて身体を支える。
 「あ、先生。済みません。」
 「いいのですよ。お気をつけてお帰りください。」
 温かい言葉で診療室を出て行くなな実を医師は見送ったのだった。

芙美子3

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