看護師芙美子

妄想小説

不妊治療外来



 一

 「次の方、二番診療室へお入りください。」
 受付をしてくれた中年を大分通り越した感じの古手そうな看護師に呼ばれて、涼馬は奥の方の診察室の扉を開けた。
 「武市・・・さんと・・・。」
 「は、はいっ・・・。」
 迎えたのは初老ぐらいにも若手にも見えるような年齢不詳の医師だった。
 「さ、こちらへどうぞ。」
 薦められた患者用の回転スツールに腰を下ろしながら何と切り出そうかと涼馬は迷っていた。

涼馬 秋本

 「あ、あのなな実さんの旦那さんね。」
 「あ、はいっ。妻がお世話になっています。」
 「ああ、よく憶えていますよ。御熱心に通われていますからね。」
 <御熱心>という言葉を聞いて、涼馬はまた心が萎え始めるのを感じた。
 「いや、不妊治療というのは夫婦間の協力が大事ですからね。パートナー任せというのは感心しません。どちらに責任があるとかいうのじゃなくて、お互いが協力し合いながら相手を尊重しないとうまくゆかないものです。」
 「あ、はあ・・・。」
 「奥さんにも伺っていますが、あらためて旦那さんの方にもお尋ねすることになりますがお気を悪くなさいませぬように。一応、双方にお話しを伺わないといけないものですから。」
 「はあ、そうなんですね。」
 「ではまず単刀直入にお伺いしますが、セックスは週にどのくらい?」
 いきなりの質問に涼馬は面食らい、思わず誰か居ないか背後を見渡してしまう。
 「あ、あの・・・。セ、セックスですか・・・。えーと、あの・・・。し、週に2・・・、2,3回くらい・・・かな。」
 「ふうむ。なるほど?」 
 カルテを診ている医師は、妻が申告しているセックスの回数と比較しているような顔つきをしている。
 「あ、えーっと・・・。多い時も、少ない時も・・・その、あります。」
 「ま、そうですよね。毎週、必ず同じ回数っていうほうが少ないですからな。ははは。」
 医師は声ほどには表情では笑っていない。
 「射精は? 射精はどうですか、毎回?」
 シャセイと聴いてあの事だろうとは思ったが、そこまでストレートな言葉遣いをするとは思っていなかった涼馬はちょっと戸惑う。
 「あ、ま・・・。だいたい・・・。だいたい、毎回・・・ですかね。」
 「射精までいかない・・・時もあると?」
 「あ、え、まあ、偶には・・・。」
 「あ、いいんですよ。普通の事ですから。セックスをしたら必ず射精をするとは限りませぬ。えーっと、避妊・・・の方は?」
 「ひ、避妊・・・ですか? えーっと、結婚当初は。その・・・すぐに子供というのはどうかと。えーっと、それで・・・。半年前、ぐらいから妊活を・・・始めまして。妻が早く子供が欲しいというものですから・・・。」
 「はあ、なるほど。えーっと。その、奥さんとは・・・、初めて?」
 「あ、あの・・・。セックスを・・・ですか? あ、あの、ふ、二人目です。」
 「おう、前にご経験がおありになる・・・? ふむふむ。じゃあ、奥様との最初の時は、その、割かしスムーズに・・・?」
 「え? あ、まあそうですね・・・。」
 「あ、で。奥さま以前の・・・。その、最初の時ですね。その時からコンドームを?」
 「あ、いえっ・・・。そのう・・・、膣外・・・射精・・・ってやつ・・・ですかね。」
 「ほう・・・。なるほど。なかなか冷静でいらっしゃる。」
 「あ、いや・・・。慌てちゃって・・・。つい、抜けちゃったっていうか・・・。」
 「あ、いや。いいんですよ。最初の時は、人それぞれですから。」
 「はあ。」
 「それで、持続の方は如何ですか。あ、その、つまり奥さんと・・・ですが。」
 「じ、持続って・・・。あの、射精するまで・・・という意味ですか?」
 「ああ、そうです。挿入してから出てしまうまで・・・の時間です。」
 「あ、そ、その時の気分によると思いますが・・・。」
 「一番、長くて?」
 「あ、えっ? まあ15・・・分・・・くらいかな。」
 「ちなみに短いと?」
 「あ、でも・・・。いや、5分はいく・・・かな。」
 「はあ、そうですか。なるほど。」
 医師はカルテらしきものに次々とメモしていく。涼馬は自分の恥ずかしいことがどんどん曝け出されていくようで、気が気でない。 医師は腕時計を確認するとカルテを置いた。
 「ああ、もうこんな時間か。それじゃ今日はこれぐらいにして。あとは採精して終りにしましょう。」
 「え、サイセイ?」
 「あ、採精っ。精子を採取することですよ。」
 「え、じゃやっぱり。そう言う事・・・・、ここでするんですねっ。」
 「いや、そりゃ不妊外来ですから。そりゃ、ここで・・・。いや、ここでったって、私の目の前でって訳じゃないですよ。おおい、芙美子くうん。」
 突然医師が看護師を呼んだらしいのに気づいて涼馬は慌てる。あの中年の古参看護師の前で射精をするのだと思ってぎょっとしたのだ。
 「はい、先生っ。」
 その次の瞬間、背後から聞こえてきた明るく軽い声は自分を第二診察室へと呼んだあのダミ声の持ち主とは違っていたのだ。
 涼馬がすぐに後ろを振り向くと、クリップボードを手にした若い女性看護師が立っていたのだった。

芙美子3

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