秋本2

妄想小説

不妊治療外来



 二十七

 「いよいよですわね、先生。」
 「いよいよって、何がだね。恵美君?」
 「あら、いやだ。優愛さんて方のことですよ、勿論。」
 医師は急に辺りを見渡し声を潜める。
 「芙美子君はもう帰ったんだったよね?」
 「ええ、さきほど。今日は少し早目にあがるって言ってましたよ。」
 「ふうむ。明日は遠山優愛さんの人工受精の仕上げの日だが、その事を言ってるのだね。」
 「勿論ですとも。ああ、でも先生にとってみれば最早さほど大事な日ではなかったですね。」
 「何を言うんだ、君。私にとって大事かどうかではなくて、彼女にとって大事かどうかだよ。」
 「でも、もう仕込まれちゃったんでしょ、あのリハーサルの日に。だって、あの日が本当の彼女の排卵日ですものね。」
 「しっ。大きな声で言うんじゃない。あくまでも、彼女が明日辺りが排卵日だと思い込んでいるんだ。我々はその彼女の手伝いをしてるだけじゃないか。」
 「我々なんて仰って。少なくとも私は一緒にしないでくださいよ。芙美子さんは加担してるかもしれないけど。」
 「まあ、芙美子君は何も知らんだろうね。加担はしてることにはなるだろうが。いずれにせよ、もう事の大半は終わったようなものだ。明日は私にとって付け足しにしかすぎん。」
 「だから、明日またあの若奥さんを抱けるっていうのに、そんなに乗り気じゃないんですね。」
 「女なんてものは、一度抱いてしまえば二度目はそんなに興奮しないものだよ。女の君にはわからんかも知れないが。」
 「でも今度もやらして貰うんでしょ。あの若奥さんのあそこで。あの奥さん、無事に人工受精が完成する為だと思って、自分から股を開くんですものね。」
 「まあ人の奥さんとやるって言っても、二度目だからな。それに今度は俺の精子が着床してるかもしれないんだから、そんなに激しくは出来んからな。ぐふふふ。まあ彼女がよがり声を挙げればそれでよしとしとかなくちゃな。」
 「そうそう。遠山の御主人が無事に・・・。あ、無事っていうのも変か。お亡くなりになったとして、優愛さんの子供が無事生まれたとして、その後その子があの遠山の御主人の子ではなくて、先生の子だと判った時に、どうしてそうなったか、どうご説明なさるつもりなのですか?」
 「まあ、それは看護師が取り違えたというしかないだろうね。あ、いや、君の事じゃないよ。」
 「じゃ、芙美ちゃんて訳ですか。」
 「ま、そういう事もあり得ない訳じゃないし、今となってはそうとしか考えられないとでも言うのかな。」
 「まあ、ずるい人。で、明日抽入するのが本物の旦那の精子って訳なんですね。」
 「だから大きな声で言うなって言ってるだろ。妊娠する本人がその日が排卵日だと思っていて、抽入されるのが本当の旦那の精子なんだったらそれでいいだろっ。」
 「こんな事、優愛さんとか芙美ちゃんが知ったらどう思うかしらね。」
 「おい、お前。そんな話は金輪際するんじゃないぞ。いいか、わかったな。お前の看護師生命だって俺が握ってるようなもんなんだぞ、わかっているな。」
 「おー、こわ。はい、はいっ。わかっておりますよ、先生。」
 看護師の恵美は医師の前ではおどけて見せるが、内心はびくびくしているのだ。そして、その会話を採精室のカーテンの向こう側でICレコーダーに録音しながら身を隠している芙美子にも震えが止まらない内容なのだった。

芙美子3

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