初診

妄想小説

不妊治療外来



 十二

 「あの済みません。初診なんですけれど・・・。」
 受付に差し出された診察依頼をちらっと見た古参の看護婦、恵美は新たに現れた患者を診てあらっと声を出しそうになるのを言葉を呑み込んだ。
 (綺麗な人・・・。でも、この方、院長の好みのタイプだわ。また変な気を起さなければいいけど。)
 そう思うのも無理はない清楚な感じのすらっとした若い婦人だった。問診票にある既婚という欄にマル印がなければ、大学生の娘さんぐらいに思ったかも知れなかった。
 「えーっと、あ、こちらですね。今日はお独りですか?」
 恵美は不妊治療外来の方に丸が付いているのを認めて思わず訊いてしまう。
 「あ、えーっとあの・・・。」
 若妻は実に言いにくそうな困ったような表情を見せる。
 「あ、いいんですよ。取り敢えずお独りで診察を受けるということで宜しいですね?」
 「あ、ええ・・・。実は、主人と一緒に来てはいるんですけれど。多分、主人は診察は受けないと思います。」
 ちらっとだけ後ろを向く仕草を見て、恵美は待合室の一番遠い辺りにベンチに腰掛けている年配の老紳士に気付いた。矍鑠とはしているが、かなりの高齢そうではあった。
 「それじゃ、10番になりますので、番号を呼ばれたら第二診察室のほうへお入りください。」
 「あ、はいっ。」
 若妻はそう言って番号札を受け取ると、主人らしい老紳士とは別にかなり離れた位置に腰掛けて待つ様子だった。

 「えーっと、次の人は? 不妊外来・・・かな?」
 「ええ、初診です。御主人も医院までは一緒に見えられたようですが、診察はご夫人一人で受けたいとの事で・・・。」
 「あ、そう。」
 問診票の付いたカルテを受付の看護婦から受け取ると診察室の椅子から立ち上がって待合室に面している小窓を少しだけ開いて一緒に来たというパートナーの方をちらっとだけ覗く。
 「じゃ、お通しして。」
 「次、10番の方、第二診察室の方へお入りください。」

 診察室の扉を開けて入ってきたのは、珍しく和装の若い女性だった。診察に、それも特に不妊外来の為に和装で来る女性は珍しい。殆ど皆無と言ってもいいかもしれなかった。医師の秋本は和服には詳しくないが、若い夫人が普通に纏う小紋という種類の着物であろうぐらいの検討は付く。いかにも若奥様といった感じの、妙齢の女性に似合う明るい柄の着物だった。
 「こちらへどうぞ。えーっと、不妊治療外来ということでよろしいんですな。」
 椅子を薦めながら医師は問い掛ける。問診票にそう書いてあるのだから訊かなくてもよい質問である。
 「え、あ、はいっ。」
 ちょっと恥ずかしそうに俯き加減になりながら若い患者はそう答えた。
 「どうか、そんなに緊張ならさらないように。肘掛に手を置いて、背もたれにゆったりと身を任せるようにして・・・。そう、そうです。お名前は・・・っと、ゆうあい・・・さんですか?」
 「あ、ゆあです。よく読みにくいって言われるんですけど。」
 「あ、いいんですよ。ゆあさん・・・と。結婚されて・・・2年めですね。」
 「はい、そうです。2年目で不妊外来って、ちょっと早いんでしょうか。?」
 「いや、そんな事はないですよ。人に依ります。」
 「いえ、主人がどうしても早く子供が欲しいって・・・。」
 「ああ、なるほど。よくあります、そういうこと。で、セックスはどの位の頻度で?」
 いきなりの質問に若妻は顔をさっと赤らめる。
 「あ、あの・・・。セックスって・・・。どこまでの?」
 「あ、そうですよね。それは取りようですからね、人に依って。ま、あの、ここは不妊外来ですので、妊娠する可能性のある行為・・・って申しますか。」
 「挿入・・・するまで、ってことですよね。あ、男性が・・・、その、射精に至る・・・まで?」
 「ははあ、挿入はしても射精には至らない場合もある訳ですね。」
 「ええ、まあそう・・・。」
 「で、それぞれどの位で・・・?」
 「えーっと・・・。挿入するのは、月に数度くらいはあると思うんですが、最後まで行くのは月に一度程度ぐらいでしょうか。なので、可能性のありそうな日は、私のほうからお願いって。」
 「合図なさる訳ですね。なあるほど。それでもこれまで妊娠の兆候はないということですね。」
 「はい。それで主人が・・・。」
 「はあ、なるほど。えーっと、ご主人とはかなり齢の開きがあるようですが?」
 「ええ、でも主人はまだ子供は作れる筈と申しますし・・・。」
 「そうですね。男性の場合あまり限界的な年齢というのはないと言いますね、一般的に。ご主人は、初婚ですか?」
 「はい、そう聞いております。だから今までに子供も・・・。」
 「なるほど。で、あなた・・・の方は?」
 「初婚です。」
 「でしょうな。そう見えますよ。で、セックスの方は?」
 「主人以外と・・・という意味でしょうか?」
 「あ、はい・・・。」
 「えーっと、あの・・・。」
 「いいんですよ。診察室での話はここだけの会話ですから。守秘義務というのも勿論ありますが、ことさら不妊外来では・・・。」
 「そうですよね。ええ、経験はあります。でも避妊はしていました。」
 「コンドームで・・・ということですかな?」
 「はい、そうです。男性の方に必ず付けて貰っていました。」
 「で、コンドーム無しでしたのはご主人が初めてと?」
 「・・・。ええ、そうです。」
 「そうですか。わかりました。えーっと、お着物ですが。ご自身でお召しになることは出来ますか?」
 「あ、着付ですか? 免状を持っております。」
 「ああ、なら大丈夫ですね。」
 「大丈夫?」
 「ええ、ここでお脱ぎになってもという意味です。」
 「えっ?裸になるんですか?」
 「それは、ここは不妊外来ですから。」
 「最初から身体も診るんですね。済みません。そうとは思わなかったものですから。」
 「何か困ることでも・・・?」
 「え、いえ。そんな事は・・・。」
 「ならば、こちらでお召し物を。」
 医師は衣文掛けと脱衣籠の用意してある奥のカーテン衝立がある場所を差し示す。実は着替え用の手術着のようなものが用意してあるのだが、医師はわざとそれを最初から渡さないことにした。この若い夫人の全裸姿が見てみたかったからだ。
 「あの・・・。」
 夫人が困ったようにカーテン衝立の向こう側からひそやかに声を出す。
 「下着も・・・取るの、ですよね。」
 「ああ、お願いします。」

ゆもじ

 それは(脱げ)というに等しかった。夫人は恥ずかしそうに片手で股間を、片手で両乳首を被うようにして出てきた。最後に取った一枚はパンティタイプのショーツではなく、昔ながらの和装の女性が纏うゆもじと呼ばれるものだった。それをきちんと折り畳んで脱衣籠の一番上に置くのがカーテン衝立の脇から見てとれたのだ。
 (なかなかいいプロポーションをしているわい。太り過ぎてもいないのに、肉付きは悪くない。)
 医師はそう心の中で思いながら裸の夫人を観察していた。
 「あ、全裸で恥ずかしいようだったら、これを着用なさい。手術着のようなものだが、何も着けないよりはいいでしょう。」
 そう言いながら最初から用意していた診察用着衣を手渡す。夫人がそれを受け取るのにたわわな乳房から手を離す一瞬を医師は見逃さなかった。その診察用着衣は股座ぎりぎりまでの丈しかなく、診察台には脚を開いて乗らなければならないので乳房を隠すぐらいの機能しかないのだが、渡された夫人のほうは(助かった)というような表情で医師には背中を向けて素早くそれを着用するのだった。

芙美子3

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