妄想小説
不妊治療外来
二十
その優愛が診察にやってきたのは五日後の事だった。何時になく元気で溌溂としている。
「どうされました、その後?」
「おかげさまで、先生に処方して頂いたお薬の効き目はさすがに凄いものがありましたわ。」
優愛は近くに看護師が居ないことを確かめてから、少し声を落として囁いた。
「あの日、すぐに夕食の中に混ぜ込んで判らなくして主人に出したんです。その夜、わたしが今日は鞭を使って欲しいのと甘えるように申しますと、もうその時点で勃起しているのが明らかでした。すぐに縄で縛られて着物を剥ぎ取られ・・・、ああ、思い出しただけで私も興奮してきます。夫はいつになく猛々しくて・・・、それはもう。」
「奥さん、奥さん・・・。まあ、落ち着いてっ。」
「あ、済みません。私ったら取り乱したりしてっ。あんな凄い夫のを観たのは初めてです。それは、それはもう滾るようでした。熱いものが私の身体の中へ。私の中へ二度も出したのです。さすがに三度目の時は途中で萎えてしまいましたけれど・・・。」
「ああ、奥さま。幾ら薬が効いたからといって、一夜に三度はいけませんよ。もうお齢なのですから。」
「ええ、分っております。わかっておりますけれど、あんな体験は初めてでございましたので、つい私も夢中になってしまい、もっと、もっとってねだってしまったのです。あんな快感は初めてでした。」
「ということは、上手く行ったということですか・・・。」
「今日で四日目になりますわ。来てないんです、あれが・・・。それって、うまく行ったっていう証拠ですよね。」
「はあ、まあまだ四日ではなんとも言えませんが・・・。」
「でも、きっとそうです。そうに違いありません。」
「そうですか。では、まあ様子を診てみましょう。下着をお取りになってあの台の上へ。」
優愛は恥ずかしがる様子もなく、スカートを医師の目の前でたくし上げると真っ白なショーツを下し始めた。片足が抜き取れた、その時だった。優愛の色白の太腿の内側をつうっと赤い雫が垂れ堕ちたのだった。
医師にとってみれば驚くにはあたらない出来事だった。なにせ排卵日から二週間は経っている筈だったからだ。幾ら性交が激しかったからといって、妊娠する筈もなかった。しかし勘違いしている優愛にとっては大きなショックだったようだ。暫くは声も出せないでいた。医師が呼んだ看護婦が真新しいナプキンと替えの紙ショーツを当てがっている際も、ただ茫然としてなされるがままになっているのだった。
「やはり私たち、もう駄目なのでしょうか?」
力なく呟いた優愛の肩に手をやりながら優しく医師は諭すのだった。
「そんなに力を落とすことはありません。まだやる手立てはあります。希望を持ってください、奥さん。」
「そんな慰めは要りませんわ。駄目なら駄目とはっきり仰ってください。」
涙目になりながら医師の方に顔を上げた優愛に、優しく微笑みかけながら、しかし決然とした口調で医師は次の言葉を告げたのだった。
「人工受精とか、体外受精という言葉を聞いたことがおありですか?」
「え? 人工・・・受精?」
「そう、セックスをしないで受精をする方法です。」
「え、セックスをしないで?」
「そう。人工受精は、女性の膣内に男性の精液を直接注入する方法、体外受精というのは精子も卵子も一度体外に取り出して、精子と卵子で直接受精させてから女性の体内に戻すというやり方なのです。貴方のように若い女性の場合には貴方の子宮を使う人工受精のほうが妊娠出来る確率は高い。体外受精は受精そのものは確実なのですが、その後子宮に着床させるのが難しいとされています。もちろん人工受精だったら100%という訳にはゆきませんがね。」
「えっ、私はどうすればよろしいのですか?」
「全て私に任せなさい。私が言うとおりにすればよろしい。何も心配は要りませんぞ。ただし、ただ精子を抽入すればいいという訳ではない。実際のセックスにより近づけることが肝要なのです。そうしないと女性の身体が精子を受け入れる準備が整いませんからな。バルトリン氏腺やその他のホルモンもセックスの際と同じ環境にしてやらないと身体のほうが対応してこないのです。」
「セックスと同じ環境に・・・?」
「そう。その為に少し練習をしておく必要がある。いわばリハーサルですな。ふーむ、そうだな。二週間後の今日と同じ曜日に来院出来ますかな。その日なら私のほうも都合が何とか付く筈だから。人工受精のリハーサルというのは何かと準備が大変で、勿論本番もだが。その日なら私も午後一杯は時間が取れるでしょう。」
「そうなのですか。是非お願いします。」
「まあ、そっちのほうは私に任せなさい。それより旦那のほうですな、問題は。」
「夫にはどうすればよろしいのでしょうか。」
「精子の方は冷凍保存という方法があるので若干時間的な自由度は利くが、旦那さんはそれなりのお齢ですからな。体調が万全でなければならん。リハーサルの前々日辺りに体調を整えて来院するように旦那さんに説得するのです。大丈夫ですかな?」
「ええ、妊娠出来るのなら絶対協力してくれる筈です。」
「そうですか。ならば、その日までセックスはしてはなりませんよ。精子はある程度は溜めておく必要がありますからな。特に旦那さんの場合は月一回ぐらいしかこれまでも射精出来てないという事だから。」
「判りました。それまでは節制するように私の方からもお願いします。でも、先生はその日の都合は大丈夫なのですか?」
「ああ、男性のほうは看護師だけでも充分対応出来るから心配ありません。貴方のほうは看護師ではどうにもならんのものですから。」
「そうなのですね。わかりました。で、リハーサルではない本番のほうは?」
「ああ、そうだった。そっちの方が大事だったな。えーっと今日生理が始まったので、来月の今日からみて二日前がよろしいでしょう。その日で大丈夫かな?」
「ええ、私の方なら。」
「よろしいでしょう。その日に向けて準備することとしましよう。リハーサルの日はくれぐれも日にちを間違えないように。」
「わかりました。お願いします。」
「あっと、そうだ。貴方にはもう一つ、お願いしておかねばならないことがあった。ご主人に来て頂く二日前に一度貴方にも来院頂けますか。ご主人のことで、貴方にもお願いしなければならないことがあるのです。」
「私に出来ることであれば、何でも致します。必ず参りますので。」
「そうですか。よろしくお願いしますよ。」
医師の人工受精で何とかなるという言葉に優愛は勇気づけられたようで、生理が始まって落胆していた時の落ち込みようが嘘のように晴れやかになっていた。しかしそれは医師による悪巧みの奸計であるなどとは思いもしない。こうして優愛はまんまと医師に騙されて本当の排卵日である日にリハーサルと称する人工受精を受ける羽目になってしまったのだった。
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