妄想小説
不妊治療外来
五
「あ、なな実さんですね。いつもご熱心で感心ですなあ。そう言えば、つい先日旦那さまがお見えでしたね。」
「ええ、私からもどうしても行くようにって説得したんです。」
「妊活は夫婦の協力が不可欠ですからな。」
「で、どうなんですか? 主人のほうは・・・。」
「ああ、まだ結果が出ていないのではっきりとした事は今の段階では・・・。ただ・・・。」
「ただ?」
「ちょっと精力にムラがあるようには感じられますな。」
「ムラ・・・ですか。」
「そう言えば、この間の日は如何でしたか? 例の推奨した日ですが。」
途端になな実の表情が暗く曇る。
「実は、誘うところまではうまく行ったのですが・・・。そのう・・・、途中で、何と言うのか。」
「萎えてしまわれた?」
「あ、はいっ。そうなんです。」
「ふうむ・・・。」
医師は腕をを組み、なな実のほうをじっと見つめる。
「もしかして、奥様のほうが積極的過ぎるということはありませんか? 射精を促すとか?」
なな実は突然、はっとしたように口に掌を当てた。
「やはりそうですか。いや、よくあることなんです。不妊外来にいらっしゃる奥様の中には、早く受精したいあまりに、排卵日前後のセックスの際に今がとてもいい時期だから早く出してっとか性交中に思わず口走ってしまう方がおられるのです。」
なな実は自分の事を言い当てられた恥ずかしさに真っ赤になっている。
「男性というのは得てして、生殖の為にセックスをするという概念に抵抗を感じることがあるのです。何か罪悪感に近いような感情がふっと沸き起こるという事があるのですな。」
「え、罪悪感? どうしてですの?」
「それは理屈ではありません。人間の本能による生理的なものですから。本来、男性にとってセックスは快楽そのものなのです。それを生殖の為だと気づかされると任務とか責任とか、そういう余計な感情が頭に舞い起こってしまって、それが性欲を阻害してしまうことがあるのです。」
「そ、そうなんですか・・・? そんな・・・。」
「いやいや、そんなに難しく考える必要はないのです。焦らない事です。焦らないのが一番大切な事です。・・・。あ、そうそう。セックスにおいて、つい無意識のうちに主導権を取ろうとしたりしていませんか?」
「主導・・・権ですか・・・? それは・・・。あの、こうして欲しいとか、ああしてとか言ってしまうような事も含めて?」
「そうそう。それが一番いけないのです。男性にはセックスの最中に何か命令されるような事を口走られるというのが一番性欲を萎えさせてしまうことが多々あるのです。女性はセックスの最中は常に受け身でなければなりません。」
「う、受け身・・・ですか。」
「左様。旦那さまに導かれるようにするのが一番宜しいのです。」
「でも・・・。私、性格的には・・・、ちょっと難しいかもしれません。どうしても、つい・・・。」
「ふうむ。・・・。そういう場合には、古来、効き目のある方法があるのですが・・・。」
「効き目のある? どんな事でしょうか?」
なな実は医師の真意を見極めるかのように目をじっと見つめる。
「旦那さまに縛って貰うのです。セックスをする際に。」
「え、縛られる・・・のですか。え・・・エスエムの・・・みたいな?」
「うーん、そうですな。そんなに難しく考えることはありません。そうだ。ちょっと試してみましょう。」
医師はそういうと傍らの机の抽斗を開けるとビロードの少し幅のある帯のようなものを取り出す。
次へ 先頭へ